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空っぽ少女を満たす願い  作者: takosuke3
六章 ~それが、それまでの全ての終わりであり~
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屠龍姫(アンドゥーラ)

 ノルフェス州の中心である臣都マノリアは、州西部沿岸に位置している。ここから約百ラセクほど西進した洋上には、大小合わせて三つの島からなる諸島群があり、ここが西部方面軍総合教練校──通称ヘルトリーと呼ばれる軍事教練校である。

 そして本日──二年の教練課程を終えた教練生らが、新兵として送り出される式典が、本島の中央講堂において厳粛に執り行われていた。

 各方面からやってきたお偉方が入れ替わりに壇上に立ち、真新しい正規兵の制服に身を包んだ新兵達に向かって、大変有難い訓示を長々と垂れ流し続けている。

「──然るに、諸君のこれからの輝かしい活動、そして活躍は、非常に期待できるものであり」

 この手の式が退屈極まりないのは古今共通であり、新兵はおろか来賓までが既に飽きていた。

「続いて、西部方面軍第四遊撃師団司令、ユスティ・フラウワ准将閣下っ!」

 呼ばれたユスティが来賓席から立ち上がり、壇上へと上がる。そして、居並ぶ新兵達を睥睨し、

「卒業おめでとう、そして今後の奮闘と武運を祈る──私からは以上だ。言うべきことは、既にお歴々が申し上げている」

 それだけ言ってユスティは壇上から降りた。来賓や新兵達が呆ける中、ルディだけが笑いを噛み殺した。

「何をしている。次に進むがよい」

 やはり呆けている進行役の教官に告げ、ユスティは席に戻った。

「で、では、気を取り直して‥‥‥修了生代表、ルディ・ヴィオール少尉っ!」

 呼ばれたルディが壇上に上がると、弛緩していた空気が微妙に変化した。

「始めに、この場に立つ栄誉と、今日という日を迎えられた事に深く感謝し──」

 例に漏れず、ありきたりな言葉をつらつらと並べ立てていくが、それをまともに聞いている者は殆どいない。

『あれが、紫月皇家の姫君』

『巨龍を一人で屠ったという』

 敬意よりも畏怖が多い事を感じて、ルディは作り笑いを維持するのに多くの気力を費やさねばならなかった。



 厳粛な式典の後は、気の緩む会食であった。しかし残念な事に、のんびり食事などしている暇など、ルディには無かった。

 紫月皇家の姫君が、たった一人(・・・・・)で雷征龍を屠った──その話は一日経たずにヘルトリーに届き、五日もすれば皇都にまで話は広がっていた。

「ヴェンテル州軍機甲連隊長、オクトー大佐であります。殿下のこれからの活躍を願っていますぞ」

「ありがとうございます。ご期待に添えられるよう、これからも精進いたします」

「恐れながら、指導した一人として光栄であります。しかしながら、殿下はあくまでこれからであり、弛まぬ努力を続けることを、最後に忠言させていただきます」

「大変お世話になりました、ラドック教官。最後の指導を、終世心に留めておきます」

 来賓である軍の高官、次いでヘルトリーの教官と、ひっきりなしにルディの元にやってきては、額面通りの挨拶とおべんちゃらを並べていく。

 高官達は、この機会に皇家との繋がりを持とうとして。

 教官達は、開校以来の才媛にして多大な成果を出した皇女に顔を覚えてもらおうとして。

 透けて見える下心にうんざりしながらも、そこは社交慣れした皇女である。表面的には笑顔で受け答えし、そして聞き流していく。

 ようやくそれが一区切り付いたと思ったら、

「殿下っ!」

 待ってましたとばかりに、共に修了証を受け取った同期生に囲まれた。

「雷征龍討伐の経験談を聞かせて下さい」

「ええ、ぜひとも」

「今後の参考にさせていただきたく」

 一息つこうと、飲み物に手を伸ばしたところだったので、ルディは内心舌打ちした。

「ほう‥‥‥実に興味深い話ですな」

「雷征龍を一人で制した屠龍姫(アンドゥーラ)の武勇伝とは、拝聴しないわけにはいきませんな」

「私も」

「私もだ」

 と、高官や教官達まで再び集まって来た。

 屠龍姫──気付けばルディに付いていた二つ名であった。その名を聞くたびに、ルディは苦笑を浮かべるしかない。

「武勇伝などと‥‥‥私は、絶好且つ絶妙な機会を与えられたに過ぎません。真に誉れを受けるべきは、その機会を作った、導率官のアイール・シドラウス上等兵であります」

 嘘は言っていないし、ルディ自身もそれを疑っていない。実際、彼がいなかったら、こんなところで〝武勇伝〟など語っていない。だからこそ、ルディは淀みなく答えた。

 なのに、

「いやはや、殿下は実に心が広くてあられる」

 高官の一人が笑う。

「旧人にも誉れを与えようとは。ますます先が楽しみになってきましたな」

 彼に釣られて、他の連中も笑った。教官も、修了生達も、謙遜や冗談と信じて疑っていないようだ。誰一人、劣等種(アイール)の功績など想像もしていない。

 少し前の(・・・・)ルディなら、彼らと同様の反応や評論をしただろう。だから、予想通りではある。

 だが、それでも──今の(・・)ルディは、ひどく白けた気分になっていた。

「少し失礼する」

 なおも〝武勇伝〟を聞きたがる連中を振り切り、ルディは早足に会場を後にした。

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