表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空っぽ少女を満たす願い  作者: takosuke3
五章 ~〝使い捨てられる〟とは、こういうことだ~
26/42

龍に挑む者

 恐怖で暴れるランゴをなだめつつ、アイールは雷征龍に接近する。まだ目がはっきりしてないのか眼中にないのか、アイールが足元まで近づいても、雷征龍は見向きもしなかった。そんな雷征龍の額を目がけて、アイールは弩弓の引き金を引く。

 放たれた矢は雷征龍の眉間に命中し、鏃に括りつけていた火薬が破裂した。雷管程度の量なので、頑強な鱗には掠り傷もつかないが、ようやく龍はアイールに目を向けた。

「もう少し運動してからメシにしようぜ、ダンナ」

 いつもなら気にも留めないところだが、空腹な上に、餌を口に入れる寸前で邪魔が入って気が立っていたところで、しかも邪魔した当の本人である。咆哮を上げた雷征龍は、アイールに狙いを定めた──期待通りに。

「ははっ、上等だっ! しっかり付いてきやがれ、バケモンっ!」

 哄笑すら上げて、アイールはランゴを駆けさせた。雷征龍は、アイールを追って大きく踏み出す。

 そんな光景を、ルディは遠くから眺めていた。緩やかな斜面のおかげで、ここからだと見下ろす形になるため、よく見える。だがルディは踵を返し、斜面を駆け上っていく。

 その間にも、雷征龍の足を踏み鳴らす音や、吠え声が聞こえてくる。恐怖と焦燥が今すぐにでも逃げろと言っているが、必死にそれを押さえて斜面を登って行き、五百ヌーラほど登った所で立ち止まった。

 雷征龍は変わらずその場を動き回り、その近くでアイールを乗せたランゴが駆け回っている。

 アイールは笑っていた。いつもの皮肉げで気だるげな笑みではなく、とても楽しそうで、とても解放的な──子供じみた笑顔だった。雷征龍という、天災そのものと言っても良い存在を目前にしてるというのに。

「‥‥‥けるな」

 圧倒的に非力な劣等種のくせに、とても危険で面倒な役を負っている。

 人類の頂点であるはずの自分が、まだ安全で簡単な役を負っている。

「ふざけるな」

 非力な劣等種は、恐怖に押しつぶされずに、むしろ楽しんでいる。

 圧倒的な力を持つ皇族は、今にも恐怖に潰されようとしていた。

「ふざけるなっ」

 狂気の沙汰である。だが今は、そんなアイールが、芯から頼もしいと思えた。

『余計なことなんざ考えるな。今はテメェの仕事だけ考えろ。目的だけに集中しろ』

 去り際に、失敗を考えるルディに、アイールは言った。

『後の事? んなこた終わってから考えろ。カス子のくせに無駄な事を考えんじゃねえ。つうか、カスにでも出来る仕事だろうが』

「ふざけるなぁっ!」

『あ? 出来ねえってか? んじゃテメェはカス以下だな。カス以下を形容する言葉って何だ? 教養豊かな皇女サマなら知ってんのか? まあいいや、テメェはアイツのエサになっちまえ。カス以下のナニかにしちゃ、ご立派すぎるくたばり様(・・・・・)だと思ってやるよ、ナニ子ちゃん』

「ふっざけるなぁあああああああああああああああああああああっ!」

 ルディは炉心を臨界駆動した。

「貴様に出来て、この私に出来ない筈がないだろうがっ!」

 もう抑える必要は無い。

 もう我慢の必要も無い。

 激情に任せて、全てを解き放つ。

 案の定、雷征龍はアイールには目もくれず、ルディ目がけて走り出した。途中の木を強引に薙ぎ散らしながら、瞬く間にルディに迫る。

「何がエサだ、何がカス以下のナニ子ちゃんだっ!」

 ルディは動かない──本能の警鐘など、激情が搔き消した。

 アイールへの怒りが。

 雷征龍への怒りが。

 何より自分への怒りが、

「劣等種の分際で好き放題偉そうに言うなぁっ!」

 不安も恐怖も、何もかも吹き飛ばす。

 そう──カスにも出来る程(・・・・・・・・)、簡単な仕事だ。わざとやらない限り、失敗しようがない。

 百ヌーラを超える巨体が迫る。その巨大な顎が開かれ、鋭い牙がずらりと並んでいた──それだけ(・・・・)だ。

「天災級だか雷征龍だか知らないが」

 今目の前にいるのは、死と恐怖の化身たる絶対者などではない。

 巨大なだけの、本能で動くだけの、

「飢えた獣風情が」

 ルディは地面を蹴った。

「舐めるなぁああああああああああああああああああああっ!」

 雷征龍の、大きく開かれた口腔に目がけて。



 雷征龍に止めを刺すのはルディの月精術だが、中途半端な術など通用する筈が無い。なので、月煌化は必要であり、そのための時間を稼ぐ必要がある。だがそれにはまず、炉心を大きく駆動させなければならず、その瞬間に雷征龍は標的をルディに変えるだろう。

 そこで、アイールが雷征龍を挑発して注意を引きつけると同時に、ルディは雷征龍から離れる。離れ過ぎると雷撃咆や電磁投射の餌食になるので、ギリギリの距離は五百ヌーラのみ。

 そして──ルディを餌と考えている以上、雷征龍は必ずその大口──アイールの言う〝デカい穴〟を開ける。

 そこに、ルディは迷わず飛び込んだ。

「っ?」

 間合いをずらされたことで、雷征龍は一瞬戸惑う。その間にも、ルディは飛び込んだ勢いもそのままに、上顎を目がけて両手を深々と突き刺した。

 雷征龍は舌でルディを引きはがそうとするが、深く刺さった腕のおかげで、さすがに舌の力では取れない。

 いくら頑強と言っても、内部まではそうはいかない。かといって、その生命力は言うまでも無い。物理的な攻撃は、決定打に欠ける。

 だから、

「喰らえ」

 ルディが狙うのは、肉体(・・)ではない。

 鼻を刺す臭気や、全身を這うような粘りなど気にしない。突き立てた両腕を通じて、紫月精を流し込む。

 紫月精の力は、一見派手さや威力に欠けるが、故にこそ、最も恐ろしい力を秘めているとされている。

 精神を操る──すなわち、対象の認識や記憶、そして思考に干渉する。

 それがもたらす効果は、洗脳や記憶操作──そして、精神破壊。

 例え強固な外皮で体を守ろうと、強力な爪牙を携えようと、精神を直接攻められては防ぎようがない。紫月精によって、雷征龍の精神に強引に干渉し、浸食し、片っぱしから破壊していく。

「────────────────────────────────────っ!」

 雷征龍も無抵抗ではない。舌を使ってルディを削ぎ落とそう(・・・・・・)としてくる。ヤスリのような表面が、ルディを背中から削っていった。

 だが、月煌化の思考低下に加え、精神への攻める一点に集中する今のルディに、肉体への攻撃など効果は無い。

 やがてその舌の動きも、鈍くなっていく。巨体を支える強靭な肢体が、徐々に力を失っていく。雷征龍の精神破壊が、致命域にまで達していた。

(‥‥‥何だ‥‥‥?)

 精神へ干渉するということは、互いの精神が繋がるということ。言葉、思考、心理──一切が通じない龍であっても、紫月精を通じて流れ込んできたそれは理解できた。

「‥‥‥悪く思うな」

 だがルディは──いや、だからこそ、容赦しなかった。

 最後の一欠片──死の恐怖を、ルディは躊躇なく破壊した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ