遭遇
レイヤ・ソーディスは偽者──その事に、ルディはあまり驚かなかった。
十中八九偽者であることは、最初から分かっていたことだし、あの男を見ていてそんな気はしていた。かのソーディスに名を連ねるにしては、あの男はあまりにも小物だ。真贋を見極めるという目的は、図らずも果たしたことになる。
だがそんなことよりも──リックの向けてきた憎悪が、ルディの脳裏から離れなかった。経緯を聞かされた直後であることもあって。
「なあ‥‥‥貴様もそうなのか?」
ルディは、光条砲をランゴに括りつけるエネイヴァルに訊ねた。
「何が?」
「その光条砲や月蝕環は、皇家への復讐のためか?」
「‥‥‥そう、ね」
少し間を開けて、エネイヴァルは押し殺したように言った。
「否定はしないわ。実際、私の故郷は、ある皇族の気まぐれで滅ぼされたからね。でも、直接ぶちのめすのが復讐だってなら、その気は無いわね」
「では、何のために?」
「こういうものがあれば、自分達にも出来るって思わせられる。月人でも餓獣でも、強大な存在に挑める力になる。力が無いなら力を創ればいい‥‥‥そういう意志を広められる」
「‥‥‥下らない妄想だな」
「今のところは、ね」
嘲笑をあっさり跳ね返され、ルディは怯んだ。
「本気──いや、正気か?」
「もちろん本気だし、正気のつもりよ。それに、もし私が正気を失っても、親身になって止めてくれる人たちがいるから大丈夫よ」
下らない──その言葉は、もう出なかった。何故か、出なかった。
「さて、今度こそ本当にお別れみたいね」
エネイヴァルは、ランゴの背に括られていたそれをほどき、ルディに放った。布包みにくるまれた棒のような代物だが、手に取った感触でルディは気付いた。破かんばかりの勢いで包みを開くと、露わになったのはルディの愛剣だった。よく確かめてみるが、間違いない。
「それとこれ」
と、エネイヴァルは地図を広げる。
「ここがエルトで、私達がいるのは今この辺りよ」
地図によれば、ここはエルトから直線距離で約五十ラセク東の位置だった。決して近い位置ではないが、急げば半日はかからないだろう。
「動かないで迎えを待つのが理想だけど、動く必要がある時に方向が分からないまま迷子、なんて笑えないからね」
「良いのか? 貴様のは」
「もう一枚持ってるから大丈夫。それに、仲間と合流することになってるし」
と、エネイヴァルはランゴに跨った。
「今回は、こっちの方が世話になったわね。ありがとう」
「‥‥‥どういうつもりだ? 本当に私は立ち去って良いのか?」
「良いも何も、もうアンタには用は無いわよ」
「用済みというのは分かる。だが、このままただ黙って返す理由が分からない。ましてや、帰り道まで用意している‥‥‥では、何を企んでいる、と訊こうか?」
「‥‥‥ここにきて有能さを発揮してきたわね」
と、諦めたようにエネイヴァルは肩をすくめ、
「さっき、レイヤ──いえ、リックが、マンディの方から襲ってきたって言ってたわね。でも、マンディは他の生き物の巣や縄張りには、滅多な事じゃ近付かないわ。攻撃してくる者には、容赦しないけど」
「つまり‥‥‥滅多な事が、マンディ達に起こったという事か?」
「マンディだけじゃないの。この辺りじゃ見慣れない餓獣が目撃されてるし、私自身も何匹か遭ったわ。フォルマンテの餓獣の分布そのものが、狂ってると思って良いでしょうね」
(そういえば‥‥‥)
ルディは、雑貨商や酒場の客の話を思い出す。彼らも、あの近辺では見かけない餓獣が出た、と言っていた。
「大地震か大竜巻でも迫っているのか?」
「あるいは、それに匹敵する奴とかね」
エネイヴァルは笑みを消し、強い口調で告げた。
「いい? よく聞いてね。相手は」
「────────────────────────────────────っ!」
咆哮と轟音が、エネイヴァルが続けた言葉を遮った。だが、ルディの耳は確かにその言葉を捉えた。
天災級餓獣、と。
レイヤ──もといリック・バートンは、全てを失った。
手下は殆どマンディにやられ、生き残った者も散り散りでどうなったか分からない。あの遺跡もマンディがいるからしばらく近づけないし、近づけるようになる頃には、皇国の手が入っているだろう。あの騒ぎの中で持ち出せた金品など一握りで、残ったのはエネイヴァルの自動弩弓だけ。
せめて光条砲だけでも──そんな欲を張ったのが運の尽きだった。
「くそ、あの女っ」
エネイヴァルの面を思い浮かべて悪態を漏らすが、怒りよりも焦燥がリックの足を速めていた。
レイヤ・ソーディスの名を騙る偽物であることまで、エネイヴァルに暴露されてしまった。話が広まるのに、そう時間はかからないだろう。エネイヴァルは代償と言っていたし、ルディは黙っている義理や義務が微塵も無いのだから。
「‥‥‥そういえば、あの女‥‥‥」
初めて会ったとき、レイヤを名乗ったリックに、エネイヴァルは確かに驚いて見せた。だが、今考えれば、どこかわざとらしかったようにも思える。
「‥‥‥まさか」
本物のレイヤ・ソーディスを知っている──その可能性と、それが意味するところを思い浮かべたリックの耳朶を、遠雷のような轟音が打った。
「何だ?」
そちらを見れば、木々を諸共巻き上げる土煙が、こちらに迫って来た。
「っ?」
悲鳴を上げる間もなかった。
リックが最期に見たのは──大きく開けられた、鋭利な牙の並ぶ顎だった。




