齟齬
「一匹見たら、周囲三百ヌーラに三十匹は潜んでる──それぐらいの群れを組んで行動するのがマンディなのよ。しかも仲間内の絆も強くて、一匹でも傷つけようものなら、大音量の断末魔を聞きつけて他の仲間が仇討ちに殺到する‥‥‥あんな風にね」
遺跡の端にある盗賊達のねぐらは、阿鼻叫喚と化していた。
三十匹どころか、ざっと見ても三桁を超えるマンディと、それらに追い回される盗賊達。見ている間にも、マンディに囲まれ何も出来ないまま組み伏せられ食い殺されている者もいる。
「マンディを相手にするときは、仲間を呼ばせないようにするのが前提よ。喉の声帯を狙うとか、狭い場所に誘い込んで遠吠えが外に漏れないようにするとかね」
ルディは、先ほどエネイヴァルが仕留めたマンディを思い出す。彼女は、正確にマンディの喉元を切り裂いていた。あれは急所を狙うと同時に、断末魔を封じるためでもあったのだろう。
「対餓獣戦の方も手慣れているようだな?」
「生活柄、どうしても餓獣とやり合う事も多くて‥‥‥あらら」
強烈な光が、視界の端で走った。
見れば、鬼気迫る面のレイヤが光条砲を乱射している。それを受けたマンディは焼けた肉塊に変わるが、その後ろから更に多くのマンディ達がレイヤに向かっていく。
「‥‥‥自業自得とは言え、放っておくわけにいかなくなったわ。全くもう」
ぼやきながら、エネイヴァルはルディの首の月蝕環に目を向ける。すると、月蝕環は奇妙な音を鳴らしてルディの首から滑り落ちた。爆発する様子は無い。
「月精の調子はどう?」
「あ、ああ‥‥‥」
試しに、月路に月精を走らせてみる。今まであったような滞りは無く、全てが正常に流れた。どうやら、本当に解放されたらしい。
「心配いらない。ではな」
と、ルディは踵を返した。
「ではな、じゃないわよ。アンタには、もう一仕事あるわ」
「枷は外れた。これ以上付き合う義務も義理も無い」
「じゃあ行く前に一つ‥‥‥これに見覚えないかしら?」
「そ、それはっ」
エネイヴァルが差し出したそれに、ルディは瞠目した。
見覚えも何も──エルトで掠め取られた己が愛剣であった。思わず手を伸ばすが、それが届く前にエネイヴァルの手が引っ込む。
「‥‥‥要求は何だ?」
「話が早くて結構。別にそんなに難しくは無いわ。派手に暴れて、マンディの目を引きつけて」
「要するに囮か。それで、稼いだ時間で貴様は何をする? この状況では、逃げる事もままならないぞ」
「‥‥‥説明してる暇は無いから、見てのお楽しみね」
と、エネイヴァルが指さした先を見やる。今にも躍りかかろうとするマンディがいた。
「っ!」
咄嗟に拳を突き出し、マンディの鼻っ面を叩き潰した──咄嗟の事だったので、声帯を潰す云々は、頭から消えていた。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!」
消えかけた命も全て込めたその断末魔は、耳を塞いでも鼓膜を突き破らんばかりの叫びだった。
「二十分‥‥‥いえ、十分持ちこたえて。派手にやってちょうだいっ!」
言いながら、エネイヴァルはランゴに走らせた。
どこからと言わず、あちこちから甲高い雄たけびを上げながら、マンディの群れが迫る。
炉心駆動を臨界突破──この期に及んで出し惜しみなど、自殺行為に他ならない。
月煌化によって爆発的に生成された月精を放出し、その光で最先頭の十頭の目を眩ませると同時に、弾き飛ばした。濃密な月精の塊は、属性に関わらず、物理的な衝撃波となる。
が、その十体が地面に落ちる頃には、左から別の六頭ばかりが、襲いかかって来た。それらを拳や蹴りで叩き潰す間に、さらに次──二十を超えたところで、ルディは数えるのをやめた。
一体一体は大したことは無い──それを幸いなどとは思わない。三桁を超えるマンディ達の大群で、周りは完全に囲まれていた。文字通り上下左右から、矢継ぎ早にルディに襲いかかって来る。
この混乱の乗じて逃げるという淡い期待は、最初から無い。逃げるにしても、ここがどこだか分らないし、何よりマンディの大群を突っ切らなければならないからだ。
「──っ!」
何度目か分からない月精の放出を、荒い息と共に放つ。
月煌化は爆発的に能力を引き上げるが、その分負担も大きい上に、他の属性が使えなくなってしまう。月精を術に変換せず、単純な衝撃波として放出する事も、無駄な消耗を招く。加えて、今は完全に囲まれるのを防ぐため、大きく速く動き回っていた。
(だからって‥‥‥っ!)
先ほどから、どうにも体が思い通りに動かない。
何故──朦朧するルディの頭が、一瞬でもそんな疑問を浮かべた。この状況では、その一瞬は致命的な遅れに繋がった。
「っ?」
右のふくらはぎに衝撃を受け、それはすぐに激痛に変わった。見れば、マンディが噛みついていた。それを振り払おうとして、しかし今度は左の腿を噛みつかれた。
「‥‥‥ケダモノがっ!」
紫月精を放出し、噛み付いたマンディを弾き飛ばす。しかし、彼らは最後の意地を見せたか、弾かれる勢いも利用して肉を存分に噛みちぎった。その反動で、ルディはその場に崩れ落ちる。
「‥‥‥っ」
立ち上がろうにも、思うように力が伝わらない。見れば、マンディが組みついていたふくらはぎと腿が、骨まで覗かせるほど噛みちぎられていた。力を伝える部位が無ければ、立てる筈がない。
動けないルディに、マンディ達が囲む。最前の十数頭が一斉に牙を剥き、止めを刺すべく体を大きくたわめ──そのまま倒れた。
彼らだけではない。他のマンディ達も、次々に倒れていく。
「これは‥‥‥」
ルディは、いつの間にか周囲が薄紅色の煙に覆われている事に気づいた。
「催眠煙をばら撒いたわ」
煙を割ってやってきたのは、防毒面を被せられたランゴと、仮面で顔を覆ったエネイヴァルだった。
「安心して。強力だけど月人に効かないから」




