真実の一端
穴をくぐると、そこはいくつもの端末が並ぶ部屋だった。淡い光の正体は、端末の上に疑似投影された画面であった。それを目にしたルディは瞠目する。
「生きているのか、この遺跡は?」
「そう。絶賛稼働中よ」
背嚢を背負ったエネイヴァルが、穴をくぐって入って来た。そのまま端末の一つに指を走らせる。
「〝大栄紀〟は知らない?」
「約五千年前の、超古代文明最盛期の事だろう」
その時代の文明は、現在とは比較にならない高度だったと言われている。文明は完全に滅亡したが、その名残が遺跡となって郷星の各地に点在している。ルディ達がいる、この場所のように。
しかし、
「数千年も前の、骨董も良い所の遺物だぞ。それが、こんな完全な状態で」
「それ程高度な文明だったのよ。数千年もの間、ずっと動き続けられるくらいのね。さすがに施設全体を維持することは出来ないから、中枢部分に限ってだけど」
エネイヴァルの手が止まる。すると、正面の壁が静かにせり上がっていき、窓を挟んで向こう側が露わになった。
「この遺跡の心臓──陽電子反応炉ってやつよ」
そこには、高さにして二十ヌーラには届きそうな巨大な円柱状の装置が鎮座していた。装置のあちこちから光が明滅し、低い唸り声を絶えず発していた。
「誰もいないのに維持なんて出来るのか?」
「いないのは、人間だけよ‥‥‥ほら、出てきた」
反応炉の周囲──壁や床、天井から、硬質な球体が次々に出てきた。そいつらは反応炉に取り付くと、自身の内部から触手を伸ばして機材を外したり、逆にはめ込んだりしている。
「ご覧のとおり、自律機械がやってるの。自分達で自分達を整備しながらね」
高度な文明──そんな言葉では納まらないだろうと思いながら、ルディは部屋の中を見渡す。どうやら、陽電子反応炉とやらの制御管制を行う場所のようだ。
「興味がおありですか、皇女サマ?」
「いや、どこかで見たような代物だと思ってな」
「ふぅん」
出まかせのルディの意見を、エネイヴァルは何やら感心したようであった。
「素人にしちゃ、なかなか穿った意見ね」
「どういうことだ?」
「気になる? でも、続きはお仕事の後よ‥‥‥まずはこれ」
と、エネイヴァルは下ろした背嚢の中から、分厚い冊子を取ってルディに差し出した。それを開くと、見慣れぬ文字が並んでおり、その傍らには現代の文字が綴られている。
「大栄紀言語の字引よ。で、もう一つが」
今度は手の平大の硬質な箱だった。蓋をあけると、半透明の板が十枚ばかり詰められている。更にその板の中には、虹色の光沢を放つ円盤が収められていた。
「今で言う記録媒体よ。管制室の端末にぶち込んで、動力炉の情報を中心に、中身を吸えるだけ吸い出して。使い方は、その冊子に一緒に書いてるから。分からない事があったら聞いてちょうだい。じゃね~」
エネイヴァルは、通用口から動力室の方に入った。残ったルディは、冊子を片手に端末を操作する。
エネイヴァルの言う慣れれば云々の意味は、程無くして分かった。端末の画面に並ぶのは、一見判読不可能な文章ではある。だが、現在使われている言語と、字体や文法は似ていた。字引が要らなくなる程流暢に読めるわけでもないが、取っ掛かりにはなった。
「やはり、似てる──いや、同じなのか?」
情報の吸い出しを進める中、ルディは改めて動力炉や周囲の構造に何度も観察する。
実のところ──〝どこかで見たような〟どころではなかった。
以前、都市規模で供給する大型導力炉を見学したことがあったが、建築様式、構造、設備──この管制室にしても、小さな差異は見受けられるものの、ほぼ同じと言って良い。
「そりゃそうよ」
ルディの疑問には、動力室から戻って来たエネイヴァルが答えた。彼女は端末の一つに指を走らせながら、話を続ける。
「そもそも、月人の──ていうか、四大皇国の技術は、大栄紀をそのまま真似してるだけだもの。アンタ達は、さも自分達が一から十まで作りだしたように言ってるけどね」
この女は今、何と言った?
「我らの技術が、真似だと?」
「月精駆動式に改造したという点で言えば、確かにアンタ達が発展させたと言っても良いわ。でもね、元になってる機械は当時のそれを、そっくりそのまま真似してるだけなのよね。通信機にしても船にしても」
まさか──ルディの脳裏で、もう一つ閃いたことがある。
こうした古代遺跡の調査は、紫月皇国に限らず、各皇国で厳しい規制が課せられている。特に大栄紀時代の遺跡は、無断で立ち入ろうものなら極刑まである。
今の話が本当なら、
「四大皇国が遺跡調査を厳しく規制してるのは、それがバレるのを防ぐため。そして、技術独占」
ルディの考えを見透かしたかのように、エネイヴァルは皮肉めいた笑みを浮かべる。しかし、すぐに飄々としたそれに戻し、
「ちょっとちょっと、本気にするのは勝手だけど、推測どころか妄想話で責任なんか取れないわよ」
妄想と笑う事は、ルディには出来ない。エネイヴァルの論は、確かに確証は無いが、あまりにも現実味を帯びていたからだ。
皇族として──為政者の側に立つ者としては、今すぐこの女の手足と口を封じるべきかもしれない。
「さて」
端末を走っていたエネイヴァルの手が止まる。すると操作盤の横の板が開き、中から取っ手がせり出した。
「永い間、お疲れ様」
エネイヴァルはその取っ手を半周させると、そのまま押し込んだ。途端に、管制室や動力炉を照らす光が黄色に変じ、陽電子反応炉の端々から漏れていた光と響いていた唸り声が、静かに消えていく。
「何をした?」
「この遺跡を完全に停止させたわ。陽電子反応炉は勿論、予備の動力、自律機械も何もかも、ね。そして、私達にはもう一仕事あるわよ」
エネイヴァルは背嚢から、三十メル程の棒を取り出し、それらをルディに放った。
「これは?」
「携帯用の岩盤破砕爆弾」
こともなげに言われ、ルディはそれを取り落としそうになった。




