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空っぽ少女を満たす願い  作者: takosuke3
一章 ~それで多くを失った~
2/42

劣等の上官

 高度二千ヌーラを飛行するその輸送艇の今回の積み荷は、実地研修に向かう軍事教練校〝ヘルトリー〟の上級士官候補教練生十八名だった。

 上級士官候補は将来的には将軍にもなりえる幹部候補養成の課程であるが、やはりそこは若者である。これから向かう研修先の資料に目を通す者よりも、眼下の景色に騒ぐ者や隣席と談笑する者が殆どだ。

 その中にあって、乗降用の後部甲板に佇むその少女は、少々浮いていた。

 腿まで届く髪は紫紺、髪と同じ色の瞳、目鼻立ちの整った美貌、制服の上からでも分かる均整のとれた身体──見た目だけでも十分目立つ。

 だが、それよりも纏っている気配が、明らかに他の候補生たちに比べて落ち着いていた──というよりも、緩んでいた。他の教練生のような緊張感など、まるで無い。

(退屈だ)

 今まで何万回繰り返したか分からないため息を漏らす彼女のここでの(・・・・)名は、ルディ・ヴィオールという。

『これより、着艦体制に入る。搭乗者は、所定位置に着座せよ』

 船内放送が響きわたり、ルディは縁から身を離して船内に入った。

 船室へ向かう中、狭い通路を一人の男子教練生が慌てて駆けていく。そして、ルディに気づいて駆け足を緩め、目を伏せてルディの前を遠慮がちに通り過ぎる。

 彼だけではない。他の教練生はもちろん、最近では教官達もこの調子だった。

 下界を知るため、皇都から遠く離れたヘルトリーに来たルディは、入学以来あらゆる科目で首席を当然のように独占し、教官達も舌を巻くような結果を出してきた。神童と呼ばれ、公然の秘密となっている出自(・・)も相まって、ヘルトリーでは敬意と畏怖の対象となっている。

(全くもって退屈だ)

 課題をこなせば皆が驚いて〝さすが天才〟だの〝やはり神童〟だのと持て囃す。だが、こちらにしてみれば、そんな事で必死になっている連中の方が理解出来ない。

 取り澄ました皇宮での退屈な暮らしに飽き飽きし、少しは心躍るかと期待してヘルトリーに来たものの、場所が変わっただけで結局は退屈な二年だった。

「‥‥‥だっ」

 物思いに耽っていたものだから、角に差し掛かったところで、出てきた少年にぶつかった。自分の勢いが強かったのか、相手の勢いが弱かったのか、ルディは前のめりに倒れてしまう──少年を巻き込む形で。

「っ!」

 一見細見にも見えるルディの体は、その体重は二百ルギス──大岩にも匹敵する超重量級である。転倒の勢いで下敷きになれば、比喩や冗談ではなく、少年は潰れてしまい、無残な姿をさらすことになる。

 なので、ルディはその寸前で床に手を着き、少年は背中を床に打ち付けるだけで圧死は免れた。

 ただし──代わりの埋め合わせを着けるのが、世の中というものである。

「あ」

 それは、どちらの──あるいは両方──声であったか。

 結果として、ルディはその少年に覆いかぶさり、少年の両手はルディの胸をしっかりと掴む形となっていた。この光景だけを見た他人が、どういった解釈をするかなど、想像に難くはあるまい。

「‥‥‥早くどいてくんね?」

 少年の言葉にルディは我に返り、黙って立ち上がる。

「‥‥‥ったく、気をつけろよ」

 大きく息を吐き出しながら立ち上がった少年は、そう言って踵を返した。

 ルディは、少年の背中──特に、心臓のあたりに目を向ける。彼の心音は鼓動(・・)であり、月精(ルーン)も一切感じらない。

「待て。そこの旧人(オルデナ)

「ん~?」

 振り返った少年の顔面に、ルディは無言で拳を叩き付けた。総重量二百ルギス、片腕だけでも十ルギス以上の拳を、である。

 木の葉のように舞った少年は、壁に衝突し、鼻血を吹き出しながら床に落ちた。

「こちらの不注意もあるからな、今回は命だけは許してやる。ありがたく思え、劣等」

 殴りつけた拳を手拭いで拭き、その手拭いもゴミ同然に放る。放られた手拭いは、倒れ伏した少年の顔にひらひらと舞い下りたのだった。



 エナ大陸西部方面軍第四遊撃師団──その主な任務は、エナ大陸北西部のノルフェス州を中心に空中哨戒し、有事に際して即応することである。

 その母艦であるソラーズ級機動艦〝ストラガイゼル〟が、教練生達の今回の研修先だった。

 全長約二百ヌーラ足らずと、皇国の軍艦としては小型の部類のソラーズ級だが、機動艦としては比較的新しい艦であり、居住性も考慮されて作られているためか通路も部屋も広く造られていた。

 とはいえ、そこは軍艦──最初は案内する者がいなければ迷ってしまいそうな、入り組んだ構造をしている。輸送艇を降りた教練生たちは、乗艦手続きを行った事務官に続いて艦内を進み、会議室へ通された。

「もうすぐ導率官が来る。しばらくここで待っていてくれ」

 事務官はそう言って立ち去り、残された教練生達は各々談笑を始める──事は無かった。

 その原因は、

「‥‥‥」

 最前列に座る、見るからに機嫌の悪いルディであった。彼女の周囲は、席が二つ分空いている。

 皆が知る筈も無いが、原因は言うまでもなく、先ほどの少年との一件である。

『‥‥‥ったく、気をつけろよ』

 いくら何でも、ルディが何者かを知らないとは思えない。ただでさえ、特徴的(・・・)な容姿なのだ。なのにあの旧人は、明らかにルディを蔑んだ。

 あまりムキになるのもどうかと思い、あの場は拳一発で見逃してやったものの、やはり全然足らない。むしろ生温い。

(‥‥‥いや、待て。そもそも、何で奴はあそこにいた?)

 彼が旧人であることは、確かだった。だとすれば、あの輸送艇に乗っている事自体がおかしい。

(他の皇家が送り込んだ諜報工作員‥‥‥いや、無いな)

 あの男に、務まる筈が無い。体を調べられたら、すぐにバレるのだから。

(何かの間違いで紛れ込んだ、というのが妥当か)

 そう考えれば腑に落ちる。何にしても、今頃は拘束されて送り返されてるか、放り出されて(・・・・・・)いるかだろう。もう会う事は無いだろうし、どこかで会ったとしても、その時には面など忘れている。

(忘れる前に、もう二、三発入れれば良かった。いや、それでも生温いな。とりあえず、手足を一本ずつもぎ取って目玉を引きずり出して‥‥‥いや、待て。あの男、どこかで)

「え~、傾注、だっけか?」

 やる気など一欠片も感じられない声が、ルディの考えを遮った。

「な‥‥‥」

 のっそりと会議室に入ってきたそいつに、ルディの口から間抜けな声が漏れる。彼女のみならず、会議室の教練生達は皆似たような面になった。

 そんな教練生達の前で、そいつは面倒そうに壇上に上がり、

「どういうわけか、皆さんの導率官(どうそつかん)をやることになりました、アイール・シドラウスでござい~と。あ、階級は上等兵‥‥‥だったと思う」

 鼻に詰め物をした旧人の少年が、面倒そうにぞんざいな敬礼と自己紹介をした。

「‥‥‥貴様、ここで何をしている?」

 ルディは、想像の数段上を行く状況に付いていけず、敬礼も忘れて問うのだった。疑念だけでなく、嫌悪と侮蔑も多分に込められていたが。

「だから、導率官っつったろ? アンタらの実地研修は俺が預かることになった‥‥‥らしいぜ」

「何故、旧人風情が、月人(ルナ)の導率官を務めるのだ?」

 ルディは、律儀に一つ一つを区切って疑問を投げかけた。

 それはルディだけでなく、教練生達全員の疑念であった。

「そうだっ」

 別の男子教練生が、ルディに追随した。

「大体、お前は調理士じゃないか」

「調理士?」

 ルディは、その男子教練生に視線を向ける。

「あ、いやその‥‥‥ヘルトリーの食堂で調理士やってる奴なんだ‥‥‥です」

 鋭いままだった紫紺の眼光を向けられ、教練生は怯みながらも説明する。

「俺‥‥‥いや自分は、そいつがいた食堂に通ってたもんで」

「──という話は、本当か?」

 と、ルディはアイールに視線を戻す。すると、アイールは頷き、

「ヘルトリー教練校の第四購買兼食堂の調理士ってのが、俺の本職だ」

「ああ‥‥‥」

 どこかで見たと思っていたが──思い出した。

 第四食堂内での騒ぎや乱闘に問答無用で割り込み、鎮圧(・・)する若い旧人調理士──その噂は、ルディも耳にしたことがある。

 おかげで、〝用心棒〟だの〝番犬〟だのという異名をつけられたが、それは冗談や皮肉を多分に込めたものに過ぎない。誰もが眉唾と思っているし、ルディ自身、尾ひれが付いたものと見ている。

 劣等種である旧人が、月人に勝てるわけが無いからだ。

「では、改めて問おう。何故、旧人の調理士風情が、我々の導率官を務める?」

「それは」

 アイールは向かって右──会議室の出入口に視線を向けた。

「俺も聞きてえんだよな?」

 そこには、正規兵の制服に身を包んだ女が、扉に背を預けて立っていた。彼女は檀上に上がり、紫紺の瞳(・・・・)で教練生達を見渡し、

「第四遊撃師団司令、ユスティ・フラウワ准将だ」

 ユスティが敬礼すると、ルディを始め教練生達は一斉に起立し、直立不動で敬礼した。アイールとは大違いである。

 後頭部で束ねられた髪は、瞳と同様の紫紺の彩り──そんな特徴的な容貌に加え、それ以上に立ってるだけである種の威厳を放つ存在感は、若い教練生達の注目を集めるには充分であった。

「さて、この男が諸君の導率官を務める理由だが‥‥‥何のことは無い、この男がふさわしいと判断したからだ」

「ですから、何をもってそのような判断をされたか、納得のいく説明を」

「これ以上の説明など、時間の無駄だ‥‥‥シドラウス上等兵、続きを」

 ルディの疑問を切り捨て、ユスティはアイールに話の続きを促した。

「へいへい。そんじゃ、これを見てくれ」

 と、アイールが掲げて見せたのは、書類の束だった。何人かが、表記された内容を目にして、息を飲む。

「そうさ。アンタらの、ヘルトリーでの成績表なわけで」

 それを──アイールは、破り捨てた。何の躊躇いもなく。

「おっと、手が滑っちまった。俺は一文字も目を通してねえんだよな~」

 唖然とした教練生達など気にせず、アイールは破り捨てた紙束をクズ入れに放り込んだ。

「てわけで、これからちょいと評価のやり直しだ。それと」

 アイールは、ユスティに目を向け、

「せっかく来てもらったんだ、アンタにも協力してもらうぞ」

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