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空っぽ少女を満たす願い  作者: takosuke3
三章 ~ようやく、自身の小ささに気づきはじめた~
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貧民街の洗礼

「冷やかしなら帰りな」

 店に入ったアイール達を見るなり、雑貨店の主は無愛想に言い放った。

「いきなりそういうセリフは、商売人としてはどうかと思うぜ?」

 皮肉を返しながら、アイールはルディの背から背嚢を下ろした。

「冷やかしかどうかは、こいつを見てから考えてくれや」

 取り出した中身を、手近な台に上に広げて見せる。それは、出立して最初に仕留めた、あのガーマの毛皮だった。

「ほぅ‥‥‥」

 店主の目つきが変わった。手袋や単眼鏡まで付けて、じっくり吟味していく。

「‥‥‥七百メネアだな」

「冗談きついぜ、オッサン」

 店主の告げた金額に、アイールは大げさな嘆息を漏らした。

「傷まないよう慎重に扱って、今の今まで誰にも触らせもしなかったんだぜ。せめて千は欲しい所だ」

「それこそ冗談じゃない」

 店主も大げさな嘆息を漏らし、

「これがせめて、もう二回り大きければ」

「しゃあねえな。他を当たらぁ」

 と、アイールは手早くガーマの毛皮を畳む。店主が阻む間も無い。

「‥‥‥八百でどうだ?」

 毛皮が背嚢に納まったところで、店主は言った。アイールは、まるで聞こえないかのように背嚢の口を閉じ、

「八二〇っ」

 店主の叫びに、アイールはようやく手を止め、

「ところでよ──」

 神妙な面など浮かべて振り返り、何やら御高説を垂れていく。

 彼らの熱い論争に、すぐに飽きたルディは、店の軒先に出て通りを埋め尽くす雑踏を眺める。

(‥‥‥廃村も良いところだ)

 板を打ち付けただけの、小屋と呼ぶのも疑わしい建物。

 妙な臭いが立ち込める、不衛生な街路。

 生物としてだけでなく、文明や貧富の差も非常に大きいと聞いてはいたが、まさかこれほどとは思わなかった。活気はあるが、どこか必死めいて見えるのは、身なりだけのせいではないだろう。

「九百、九百だ。これ以上は出せねえっ」

 追い詰められたような、しかし頑として譲らぬ意志を込めた店主の叫びに、ルディは視線を店の中に戻した。

「代わりと言っちゃなんだが、売りに出すときは千二百で頼むぜ」

 と、アイールはガーマの毛皮を台に戻す。店主は改めてそれを吟味し、

「これなら千五百で売ってやるさ」

「強気だな。ここじゃガーマの毛皮は、そんなに珍しいのかい?」

「この辺じゃ見ない種類だからな。どこで仕留めたんだい?」

「この町から、そう遠くないぜ」

「何だ、お前さんもか」

「俺も?」

「ガーマだけじゃない。この辺じゃ見かけない餓獣が、最近よく出るのさ。この前なんて、対処しきれなくて大怪我したって奴もいたよ」

 レイヤに関する話ではない──ルディは、すぐに興味を失った。

「それで?」

 一方、アイールは興味深そうに続きを促した。

 さすがに長話が過ぎると思い、ルディは店の中へ向き直り──その小汚い少年が、腹にぶつかった。

「待て」

 すかさず手を伸ばして、走り去ろうとした少年の腕を掴む──その手には、ルディの左腰に差していた剣が握られていた。

「っ!」

 少年はルディの手を引き離そうとするが、月人の膂力の前では無力だ。

「は、離せこの×+◆?Πっ!」

 暴れながら、少年は甲高い声で叫んだ。意味は分からないが、口汚い罵声であることは理解できた。

「選べ、小僧」

 手に力を込めると、少年は悲鳴を上げた。それでも剣を離さないのは大したものだと、ルディは少しだけ感心した。

「その剣を自分から返すか、腕ごと(・・・)取り返され──っ」

 少年の腕を握る手の甲に、鋭い痛みが走った。見れば、小さな矢が刺さっていた。どうやら、仲間がいたらしい。

 少年は、緩んだルディの手を振り払って駆け出し、建物の間の路地裏に入った。手に刺さった矢を放り捨てながら、ルディは少年を追って路地裏に駆け込み、

「っ?」

 入って数ヌーラで、立てかけてあった角材が、ルディの前に倒れてきた。タイミングは絶妙。しかしルディはそれを強引に弾き飛ばし、奥へと進む。



 あの剣は、ただの剣ではない。

 紫月皇家お抱えの鍛冶士によって鍛え上げられ、父である紫月皇から直接下賜された逸品である。支給品の剣とは比較にならない業物であるのはもちろん、あれには皇室の家紋が彫られている。つまり、身分の証明であると同時に皇族の誇りを象徴する剣なのだ。

 それが、旧人の子供に掠め取られたとあっては、笑い草では済まされない。そうでなくても、自分の立場は非常に危うくなっているのだ。悪童への仕置きはともかく、剣は必ず取り戻さなければならない。

 幸い相手は旧人の子供だ。こちらは月精を使えないものの、彼らとは比較にならない膂力があるから、捕らえるなど容易い──それが大きな間違いだと気付いた時には、手遅れだった。

 ルディの言うとおり、このエルトという町は、元は旧人達が寄り集まって出来た場所である。住居にせよ店舗にせよ、後先を考えない無秩序な建て方をしており、一歩裏道に入れば、そこから先は複雑怪奇な迷宮だ。

 そんな場所に一人で飛び込むのは、昨日今日この町にやって来た小娘である。

 それに対するは、子供とはいえその迷宮を熟知した現地住人が、複数である。

 子供ながら、彼らは非常に狡猾で躊躇が無かった。板材や水瓶を使っての妨害など可愛い方で、ルディの運動能力を見るなり、落とし穴や逆さ吊りやら、終いには油を撒いて火矢まで飛ばしてきた。

「‥‥‥どこだ、ここは?」

 路地裏に飛び込んで三十分足らずで、ルディは暗い道の真ん中で、途方に暮れていた。体のあちこちは埃と擦り傷にまみれ、服の端々には焦げ跡もある。

 そんなルディを、ここの連中が放っておくはずがなかった。

「っ!」

 見るからに柄の悪いゴロツキが三人ばかり、ルディの前を塞いでいた。前だけでなく、後ろでも似たような二人が道を塞いでいた。その手は、棒切れやら短剣やらを握り締めている。

「一度しか言わぬ‥‥‥死にたくなければ黙って大人しく、すぐに道を開けろ」

 ずれた黒眼鏡を押し上げながら、ルディは警告する。それに対して、ゴロツキ共の返事は無く、下卑た笑みを浮かべただけ──つまり、警告無視。

「勇気ある選択、と解釈しておこう」

 まずは前の三人を仕留めるべく、静かに体を沈め──背後から鈍い音と何かが倒れる音が響いたのは、その時だった。

 振り向いた一同が目にしたのは、倒れ伏した二人のゴロツキと一人の女だった。

「耳、塞いで」

 女の早口の小声は、ルディの耳にのみ届いた。その女の手から、何かが放られる。球の形をしたそれは、ルディの頭上を越えて三人のゴロツキの方に向かっていき、彼らの足元で跳ねた。その音で、ゴロツキたちの視線がそちらに向かい、

「っ!」

 球体から弾け出た轟音と閃光が、その場にいた者たちの目と耳を潰す──警告を受けたルディと、球体を放った当の女以外は。

「走ってっ!」

 怒鳴りながら、女はルディの腕を引っ掴んでその場から走り出していた。

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