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第二話 初めての峠

 買い取りを済ませて、ギルドからでて10分ほど歩いた先にあった白猫亭は、あまり目立たない表通りから一本入ったところだった。

 入ると同時に、入口に取り付けてあった鈴が鳴る。外観の小汚い感じとと相反するように中はきれいに片づけられていた。だが店内には誰の姿もない。

「すいませーん……」

 誰もいないようなその店舗を彼は進む、ふと、カウンターで何かが揺れているのが彼の視界にはいった。カウンターの下を覗きこむと、一人の少女が寝ている。彼は一歩、距離をとって剣に手を添えながら回りを見渡した。

「尻尾……亜人か。珍しい」

 亜人は数としては人族に並ぶと言われる。といっても、一部の種族をのぞいては社会的地位は低く、主に奴隷や、愛玩用のペットとして扱われているものがほとんどだ。その一部の種族にこの少女の猫族は属している。

 その特徴は耳と尻尾だろう。というか、それしか人族と変わっているところがなく、それ故に彼らは人との橋渡し役となり、亜人との3度にわたる戦争でも人の要請を受けて中立を保った。それでも、あまり耳と尻尾を露出するのは好まれなかったはずであり、あまりない事態が彼の警戒感を強くする。

 彼がちらりと少女の服装を見ると、一応尻尾を隠すような服装をしていた。

 そこまで考えたところで二階から階段を下りてくる声が彼の耳にはいった。幾分か体格がよく、その砕けた口調と顔立ちから、彼は親子だという推測が容易にできた。寝ている少女と、剣に手を添えている来客を見、一瞬で状況を判断したのか彼女は大きな声を出し、寝ていた少女を職員専用と書かれた扉の奥に投げ飛ばした。

「で、お客さん。どうしたんですか?悪いけど初見さんはお断りだよ?」

 そう告げる女性の顔は暗い。この沈黙は、まるで客を相手にしているのではなく、強盗か狼藉者を相手にしているようだと彼は感じた。自然、飛び出す声は警戒した色を帯びる。

「いえ……フェアラスさんに勧められてきたんですが」

 一転、彼女の顔がほころんだ。一体フェアラスは彼女に何をしたのだろうかという疑問が彼の頭の中に浮かぶ。だが、敵意はないと判断したのか、彼は剣に添えていた手を離した。それを見た彼女は先ほどとは違いーー声色までかわってーー柔らかで安心させるような声を出す。

「ああ、あの人のかい。じゃあ大丈夫だね……それじゃ改めて、ようこそ白猫亭へ。ワタシは一応店主をやっているファーリアって言うんだ」

 宿屋でありながらセミクローズドの運営形態をとっている矛盾した状況は、逆にそうしなければ経営がたち行かなくなるということだ。彼は、その理由に当たりをつけた上で、失礼にならないように言った。

「やっぱりあの子の事ですか」

 たちの悪い冒険者や一部の人は亜人を一段下の者として迫害する人がいるということを彼は聞いたことがあった。彼が見たところによると、主人はなんの特徴もないことから普通の人であり……

「どうやら子供みたいだけど……あの人の紹介だし、身元はソレだけで保障されたも同然さ。深くは聞かないよ。どのくらい泊まっていくんだい?安くしとくよ」

 ファーリアは、彼にたいして何も言わなかった。言質をとられないためのようであったが、その事が何よりも答えとなっているように彼は感じたのだった。



 翌日、エルの声が草原にこだましていた。昨日とは違い、所々古びてはいるもののちゃんとした防具をつけている。

 この朝、町の近くのエラーン草原に行こうとしていた彼は、女将からこの装具一式を渡されていた。どうやら、最後に使われたのはかなり昔な様子で、倉庫の中に埃をかぶって放置されていたものを引っ張りだしてきた、と主人が笑いながら言うのをエルは耳を疑った。いままでいた場所で、純粋な行為を受けたのは殆ど無く、ありもしない真意を探っている間に、押しきられる形で装備させられた。

 人は、初めてのインパクトが強い場合。その後が2種類に別れるとされる。すなわち、萎縮して実力を出せなくなるか、初体験を基準にして行動を起こしやすくなる者に、である。エルは明らかに後者であった。切っ先が震えず、それどころか、頭のなかで昨日の猪と比較できる余裕すらあった。大降りなその攻撃を後ろに避けることで隙を産み出させ、無防備な横っ腹に、先ほどから何度も攻撃している場所に剣を叩きつける。エルは、何度目かのその攻撃が、毛皮を破り、肉まで達したことを感触で悟った。だが、まだ浅い。痛みからか暴れ始めたその獣が、見失った敵をさがすが、見当たらない。その事に獣はますます怒り、冷静さを失う。そして、その様子を見ていたエルが予定の位置に達したと同時に石を投げると、獣はエルの方へと駆け始めた。それは速く、まるで昨日の猪にも迫るほど。そして、無防備だった。獣が、エルの手前数メートルの位置で転倒する。そして、転んだ先は土ではなく石。獣は、あっけなく絶命した。

 教えられた通り、最低限の血抜きをして、毛皮と、使えるらしい肉を取り、それぞれ袋へ入れた後、石を装置へかざす。小さな音と光を出しながら、消えていくその石。エルはその光景に目を奪われていた。

「これが、『生成』か……」

 活字でしか見られなかったその光景に、エルは、ある宗教が唱えている[術力使用者限定論]がなぜ廃れないのか、その疑問が少し解消された気がした。

 そして、アンスバッハの町への帰路につきながらふと考える。

 なぜ親が俺を殺さなかったのだろうか、と。

 答えのない問いかけを自らにしながら、歩く。

 家臣達の反乱、物価の上昇、他国からの攻撃など忙しくなる要因は多いと彼は考えた。エルの両親は善政を敷いていたとはいい難かった。妹の努力と魅力がその状況の改善を進めていたのは確かだったがそれでも不満はくすぶっていた。彼は、色々考えたが結局、宿に戻るまでなにもわからなかった。


 エルが宿に戻ると、中央のテーブルでフェアラスが酒を呑んで、主人と話をしていた。テーブルの上にはつまみだろうか、パンの上にのせられた腸詰と、半分ほどのまれたエールがある。

「いや、助かった。この頃酒の室が悪くなっていてね……それに、保存が効く食料の値段も上がってる。全く、嫌な時代だよ」

 そんな言葉に主人が苦笑いを浮かべながら、宿に入ってきた彼の方を見た。ほっとした表情を浮かべた彼女は、フェアラスの方を叩いたあと、顔を動かさないかれをの頭をつかんで強制的に彼へ振り向かせた。目が合い、気まずそうな空気がが流れたあと、フェアラスが大袈裟に咳払いをする。

「あー……うん、まあなんだ。……それじゃ、連絡事項を言おう。新冒険者エル君へ、各種書類の用意ができたので、一週間以内で、ある程度まとまった時間がとれる時を指定して下さい。能力の適正試験、筆記試験、性格適正試験、その上で各種許可証の交付を行います。それまでは、担当の仮交付証を必ず身に付けて行動するように……そんなに固まらなくても大丈夫だよ、君なら大丈夫さ。この試験で優秀な成績を修めたら初期資金も渡される。君の場合は合格を目指すよりそっちを目標にした方がいいと思うよ」

 前半を言ったあと、固まったエルを見てフェアラスは少し慌てたように付け足した。エルは彼を見て、その様子から大きく嘘はついていないと思った。そして、それでも、と切り出した。

「筆記試験となると……受験料はいらないんですか?」

 一般に、筆記試験となると書くものと紙が必要で、安いものではない。そう思ってエルは質問を出したのだが、フェアラスは当たり前と言わないばかりに返答した。

「そこら辺に関してはボクへの借金という形になるかな。額は君が決めていい。……そんな顔をしなくても、なにも借金のカタに売ったりはしないさ。この町というか、ここの警備団の取り決めでね、孤児もしくは捨て子は、発見者の裁量に任せる。ってなってるんだ、そして、これは暗黙の了解なんだけれども、その子に大成する才能があるならその分野である程度のレベルに達するまで援助する。そういうことになってるし、ボクもその意見を支持してる。他の人には借金の形じゃない人もいるよ? だから、気にすることはない。余裕ができたときに何かしらの形で返してくれたらいいさ

 ……さてと、言うことは言ったし、おいしいお酒も飲めた。それじゃボクは戻るかな。ファーリアさん、お金はいつも通り置いとくよ」

 2人が話している間に厨房にエルの食事を作りにいっていた彼女は、すぐに返事をした。彼はフェアラスが出ていった扉をじっと眺めていたが、厨房からおいしそうな香りが漂ってくると、静かにテーブルへ座り、少し難しいかおをして、食事を待つのだった。


 来週まで……厳密には、あと6日、自分には何ができるのか考えていたエルは、他の挑戦者と比べておそらく足りていないであろう分野、つまり、冒険者に対する知識を埋めようとギルド付属の資料室へと足を運んでいた。彼が見たところ、厳密には整理されていないようで、大まかな分類が本棚貼られているのが見受けられた。

 その中から『冒険者についての歴史と考察』と書かれた質素な本を見つけ出し、そのあまり厚くない本を読み始める。エルは序文をそこそこに、第一生の成り立ちと歴史について目を進めた。

「(冒険者自体は魔物発生前からいたのか…・)」

 曰く、魔物発生前は何でも屋状態であり、それ故に目立ちはしないもののそこそこの頻度で古代の文章に出てきているということ、戦場に立ったときは傭兵と何ら変わらなかったということ。そして、魔物発生以後は、完全に傭兵と別れた後、正規軍が手の及ばない辺境の防衛をしていたということ。そして、人魔大戦以後は壊滅した正規軍の肩代わりとして対魔物掃討作戦において中心的役割を果たしたこと。ある有力冒険者と王女が婚姻した後、その国でギルド制度が拡大し始めたこと、大戦以後、魔物退治をほぼ一手に引き受けたこと……

 彼は思った。出来すぎていないだろうか、と。そして、頭に浮かんだその考えは歴史の一ページであり、誰にも否定できない考えだということを。


 エルはギルド本館の受け付けへ来ていた。お昼時を過ぎ、人が居ない時間帯を見計らって来た彼は、予想以上の書類の量に自らが予想した以上の時間をとられていた。

「これが誓約書でこれが委任状の承認、これが推薦状の確認証、移住許可証の確認状とと試験申し込み証で……これくらいですかね。大丈夫です、一通り終わりました。見落としは後日連絡させて頂きます」

 そういって受付嬢が朗らかに笑うと、エルもつられて笑う……ひきつってはいたが。

「こんなに多いとは……驚きましたよ」

 疲れきった声でエルがそういうと、受付嬢は同じ表情のまま頷いた。

「これでも慣れたご様子でしたよ、普通の人だとこれでは済みません。特に、フェアラスさんに一部を投げつけたのはご名案でした」

「要領がいいもので、前に孤児院で手伝いくらいならしたことがありますから、それでもこの量には圧倒されました」

 そうあっさりとエルが返すと。受付嬢は少し驚いたように目を大きくした後、気まずそうな表情を浮かべて謝罪した。

「すいません、デリカシーが足りませんでしたね」

 それを聞いたエルは、彼女の演技力に驚いていた。話の持ち出しかたも、引き際も自然である。末端の職員でこれなのだ、そこまで教育するように指示を出した、『上の方』とは近づかない方がよいだろうと彼は結論を出した。

「いえ、悪い場所ではありませんでした。自分が飛び出してきたのはこの職業に憧れたからですよ……フェアラスさんのせいですね」

 そう冗談めかして彼が言うとほぼ同時に、人がギルドへ入ってきた。それをみた彼は、席から立ち上がった。

「それでは、試験まで精々付け焼き刃の知識を蓄えてきます」

 そして、受付嬢は元の顔に戻って返答した。

「はい、試験の合格を心からお祈りしています」

 エルが本館をでて見上げた空は青く輝いていた。


誤字・脱字・文法ミスなどありましたらご報告お願いします。感想待ってます

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