第一話 冒険の始まり?
というわけで一話目。半分ぐらい替えて文字を増やしました5000文字くらいになってます。
普段と変わらないある晴れの日。ローシュタイン伯爵家の城下町ナルヴァで、外の人は余り知らない子供がいました。
これはそんな少年の、あまり表舞台には出ることがなかった、小さな、それでいて誰もが目を輝かせて聞き入るような昔話――
質素に飾り付けられた、採光用の窓しかない正方形の部屋で、顔に本を被せた状態で、ソファの上で少年が寝息をたてていた。
「――子息様! 子息様!」
どうやら、意識的に眠ったわけではないようで、少年はゆっくりと目を開け、顔にかぶせてあった本越しに、声をかけてきた人物を見た。その様子を見た来客者は、外面には出さないものの、あきれた空気を出す。
「子息様。 ご主人様がお呼びです。至急書斎に来るようにと、失礼します」
どうやら急ぎの用があるらしく、普段と違い退出の伺いを忘れるほどに慌てた様子で彼が部屋から出て行くのを少年は余り見たことがなかった。……そもそも、他の人、さらには父親から呼ばれたことは妹が生まれ、ある程度成長したこの六年間は殆どないのだが。
妹。もし、昼間からソファーの上で寝ていた彼が普通ならば、その存在は喜ばしいものだっただろう。だが、ソレが家庭内で強くなるまで、子供レベルとはいえ貴族社会に棲んでいた彼は周りの軽蔑するような視線を無視できず、空気が読めた。同情・軽蔑、その他様々な悪意が入り混じったソレを。
……そして、それらの大半が、妹と彼を比較するものだということも。
その流れを彼が真っ向から否定しないのは、妹がどう悪く見ても天才だと断言できるだけの才能を発揮したからだ。八歳にして五ヶ国語を使い分け、本来なら何年もかかって習得するはずの上級術式を一年も経たないうちに使いこなした。それでいて均整の取れた体と、艶やかな水色の髪、まるで古の女神が顕現したかのような錯覚を起こす。
まさに才色兼備、天は二物を与えられた存在。彼女の背後に、神という者が存在しているなら、今頃退屈しているだろう。なにもすることがないのだから。だから、彼は沈黙を続けた。
特に益体の無いことをを考えながら、彼は呼ばれた書斎へ歩みを進める。屋敷の中央にある中庭で両親と先ほどの老執事が楽しそうに談笑している姿が目に入った。風に流れて会話が聞こえてくる。
書斎にいるはずの父がここにいることに違和感を感じるも、呼び出した人と話をする人が同じとは決まっていないかと思い、書斎のある道へ再び歩き出そうとした彼の耳に、会話が入ってきた。
「――で、あれは今頃どうなっているかしら」
とげのあるその声に彼が振り向くと、そこには先ほどの楽しそうな表情から一転、険しいな顔をした両親。
「そろそろだろう。書斎には例のあれを置いているから心配することはない。率いているのも女だがなかなかの手錬だしな、俺の子供といえどたかが子供一人にへまはするまい」
「そうね。これで目障りな奴がいなくなるわ」
その会話の内容を理解し、無意識の内だろうか彼が後ずさる。同時に、ついに来るべき時が来たとも覚悟した。
――見つけた!――――早く!――
「っ!?」
頭を襲った突然の痛みに彼は声を上げた。そして、その声に気づいた両親が焦ってこちらに走って来る光景を最後に、彼の意識は暗転し――。
人は夢を見る、決して実現しないとわかってるから夢に見るのか、実現して欲しいと思っているから夢を見るのか。夢の中でさえ記憶に残るほど繰り返し見る夢が、その記憶よりも鮮明に見えていた。先の見えない暗い道を、家族と一緒に、家族だけで歩き続けるただそれだけの夢。だが、そこに感じられるはずの手の温もりは感じられなかった。
道が終わり、視界が開ける。……いつも通りに、夢が覚める合図だった。
「『――坊ちゃま。坊ちゃま。そろそろ起きて下さい』」
「後五分」
この朝のまどろみは誰にも邪魔されたくない……今日の予定は特になかったはずだから、急ぐ用事もないはずだ。中庭で紅茶を飲みながらゆっくりと……中庭?
頭に引っかかった言葉を頼りに記憶を探っていく、意識を失う前の記憶を見つけた瞬間、彼の意識は覚醒していた。
文字通り飛び起きて、周りを見回してみると、そこは見知らぬ草原が広がっていた。ぼんやりと記憶に残る、アドバイスを思い出す。彼には考える時間と、考えを膨らませて暇を潰す技能があり……家を追い出される想像は中々にあり得る未来として何度と無く考えたことがあった。
なぜこんな所にいるのだろうか。疑問を隅に置きながら、生き残るために必死に頭を動かす。近くには、術を使うための小さい杖や誰が置いたのかはわからない剣まで転がっている。集めたからといって碌な案があるわけではないが、何より、考えと今後のプランを立てる時間稼ぎのために、散らばっている物品を集めていく。
あらかた集め終わったころ、後ろからナニカが突進をしてくる音が感じられた。完全に避けられる距離では、ない。彼はどれだけ跳べばいいのかはわからなかったが急速に大きくなる音に、逃げることだけを考えて横に飛び、受け身をとった。背中に注意を払っていなかったことに後悔するが、視界の端に物凄い速度で通過するものが映る。大きく円を描くような動きをした後、再び突進してきた猪のような魔物を避けるためにさらに横へ飛ぶことを余儀なくされた。受身に失敗して、足をくじく。
「くそっ!」 思わず悪態が口をついて出た。もう避けることは難しいと感じた彼は腰に装着していた剣を抜き、再度向かってくる猪もどきに剣の先を向ける。護身用に習ってはいたが、情けないことに切っ先が震えていた。大きくなる敵の姿、心なしか笑っているように見えた。
「!」
彼は思わず目をつぶった、無理矢理に剣を突き出す。次の瞬間には、ぶつかった衝撃で剣が吹き飛ぶ感触が伝わってきた。万事休すと、来るであろう衝撃に備えるが――
パァン!
その音とともに、何かが弾ける音がし、続いて彼の体全体に生暖かい液体がかかる。恐る恐る目を開けると、そこには、頭がなくなった元猪の胴体より下というグロテスクな光景に体が固まった。声を上げず、そして漏らしもしなかったのは、恐怖の体がそれすらも忘れていたからだろうか。
「大丈夫かな?」
そう言いながら彼に手を差し伸べてきたのは、線が細く気弱な雰囲気を漂わせている見た感じは十代の青年。どうやらこのあたりの出身ではないらしく、あまり見ない青い髪と眼であった。
何秒かの間をおいて、子供は、青年が伸ばしていた手をつかんだ。
「助けていただいてありがとうございました」
「いや、業務だからね」
を助けた青年は、辺りを見渡しながら言った。
「一対一でなかなか頑張ったようだったね。けれど、初陣にしちゃ時期が悪い……君はどうしてここに?」
そこまでいった後、青年の目に疑いの色が浮かんだ。
---身元を教えてくれるかい?---
そう暗に促された少年は、多少、間をおいてポツリと呟いた。
「わかりません」
その返答を聞いた青年は、疑念を強めたように少し強い声で尋ねる。
「全く知らないという訳じゃないだろう。どんな事でもいい、親か……君を知ってる人の名前だけでもいいんだ」
少年は答えなかった。いや答えられなかった。彼の家はもう、彼を受け入れはしないだろうから。だから少年は、
「気づいたらこの場所にいました」
その答えが当然、相手の疑念を深くさせるとわかっていても何も答えられなかった。
「気づいたらこの場所に、最低限とはいえ武器と、防具と、食糧その他と一緒に転がっていたと」
「……はい」
「奴隷でもない、かといって、普通の人でもない。家出にしても、この場所は一番近い村からそこそこ離れている。街道沿いではあるが、わざわざこんな中途半端な道でどうするつもりだったんだい。君がただの人ではなく冒険者だと仮定すればどうだろうか、だがそれもたった一人で、あの技量で山を越えてきたという前提が必要なのであり得ないと言うしかない。ならば……
君は、誰だ」
自らも自覚せず、母体の指令に従うようになった元人間か、ダンジョンから湧いた擬態型モンスターの可能性が一番高いか。彼らは記憶が不明瞭なことが多いと言われているのだ。
「『名前は です』」
その声に、青年は驚いた。まるで二重に聞こえたような……間もなく、子供がうめき出し、程無くして意識を失い、地面へと倒れこんだ。子供が背中から出血してることに気づいたフェアラスは、思わぬ事態に慌てながらもあわてて駆け寄り、腰のポーチから魔石を取り出す。
魔石とは、魔力プールである。
長年生きてきた魔物や、生まれた時から基礎能力が高いものはそれだけ大きく、質の良い力を有していると考えられている。その分数は少ない。
術式は初級、中級、上級、最上級、そして神話級が存在していて、ある程度の区別がなされている。実戦において一番使い勝手がよいとされているのが中級術式で、上手く敵が密集しているところに命中すれば中隊(500人前後)が即死、その倍の人数が戦闘不能になる規模の術式がそれに該当するらしい。
上級がその四倍ほど、最上級が中級の9倍ほどの目安とされている。もちろん対抗手段も構築されていて、防御側も専用の術式で攻撃から保護したり、属性で相殺できる術式を放つなどの防御手段がある。属性・大気の状況・距離・位置関係などさまざまな要因があるが、攻撃側は防御側の2倍の威力の術式を放つというのが一般的だ。
町へ行く馬車の中、今の場所と日時を聞いた。どうやら一週間以上意識を失っていたらしい、辺りの地名も聞いたことはない。
彼は今の状況に疑問を抱いていた。ここまでしてなぜ直接殺すという手段をとらなかったのか。一応親としての自覚があったのかな、と思ったが首を振る。そんな親ではあるまい。じゃあなぜ――
「何か考え中のところ悪いけど。町に着いたよ?」
その言葉にふと太陽を見る。助けられたときは東に会った太陽は、いつの間にか西で赤い光を放っていた。
「ありがとうございました、フェアラスさん」
「いえいえ…・その言葉はまだ早いよ。町の案内も必要でしょ?」
「……そうですね、お願いします」
とはいえそんなに町は大きくないようで、そこそこ歩けば町の中心と思われる場所に着いていた。中央には大きな噴水、よくある話によると昔、神が作ったとされている物らしい。
「この都市はね、大きく発展させるよりも環境都市としての役割を果たしているんだ。永世中立都市ともいえるかな?だからいろいろな所から物や人・思想が集まってくる。
そして、ここから北へ行った方に行政館があったりギルドが集まってる。東は居住区。西には商業区。南は何て言ったらいいかな……毎日市場を開いてるね、市場区とでもいうかな?
さしあたり君に関係があるギルドは……冒険者ギルドかな、というよりはそこと孤児院以外に殆ど選択肢はないね、看板に剣と防具が描かれているから間違えないはず。そこで手続きを済ませると良い、説明はギルド嬢がしてくれる。宿屋は……東にある『白猫亭』がいいかな、いい主人だよ。特徴は――」
一通り話してもらったところで、フェアリスさんの通信機が鳴る。どうやら上司からだったようで、俺たち二人は別れることになった。
「今日はありがとうございました。」
「どういたしまして。じゃあね、無理をしちゃダメだよ?」
その子供っぽい仕草に思わず笑みが浮かぶ。失礼かもしれないが、のほほん、としているこの人にはその仕草が似合っているのだ。
「ええ、……では」
「うん、頑張ってね。新人クン? ああそうだ、これを渡しておくね。ギルドの受付の人に渡すと良いよ」
そう言って、フェアリスさんは西へ向かう。かっこよく……あ、屋台に入っていった。
――――――――――た――――――――――
噴水のほうから、懐かしい声が聞こえた気がした.
フェアラスさんと別れた後、北へ向かう。
冒険者になれば、一部指定宿屋の割引や税の軽減等が約束されるが、代償として戦争への参加が義務付けられるのだ。いくらか仕事をこなせば一般層よりはるかに高い収入を得られるこの仕事は、ハイリスクハイリターンなものとして世間から認知されていた。
少し歩いた後、先ほど教えられた看板を見つけた。迷っていても仕方がないので辺りを見回しながらさっさと建物の中に入る。
ギルドは、昼間だからだろうか冒険者が出払っていて人は閑散としていた様子だった。そのお蔭で受付の場所に彼はすぐ気づいた。子供がはじめてくるのが一人というのは珍しいようで、十分に彼が近づいたところで対応をした人は優しく話しかけた。
「どうしましたか? 依頼ならそのことについて書かれた紙か記憶石を、お使いなら隣の人に言ってね」
どうやら子供と間違えているらしく、優しい言葉が彼に投げ掛けられる。何秒かの後、ため息をついた彼は淡々と応じた。
「冒険者としての登録をしに来ました」
その声色の冷たさにだろうか、受付の人は一瞬たじろいだが、すぐに笑顔を取り戻して続けた。
「両親、もしくは身元を保証する人から了解はもらったのかな?」
「親は、居ませんよ。いなくなりました。捨てられたみたいです」
その言葉に今度こそ受付の職員の顔が歪み、走らせていたペンの動きが止まった。何秒か彼の目をじっと見つめたあと、ため息と共に引き出しから新しい紙を取りだし、ペンにインクをつけ、事務的な口調で尋ねる。
「ギルドの入会条件は」
「15歳以上ですし、知り合いの人から……これ、もらいました」
彼は、フェアラスからもらった石を受付の人へ渡した。それを見た受付は、その石を読んで,納得したような顔をして、小さな陣の上に石を乗せる。一瞬光ったかと思うと、それは消えていた。
「……わかりました、どうやら本物のようです。では、こちらの紙に情報を記入してください。」
渡された紙に情報を記入していく。名前のところを空白で出すと、受付は困ったように空白の欄を指差した。
「書きませんか。いえ、こういうことは捨て子にはそこそこあるんですよ。ここはいつでも変更できるので、仮でもいいので自分が好きな文字を記入してください」
それを聞いた彼は、もう準備していたと言わんばかりに書き付けた。
「エルですか……はい、これで完了です。では改めて……ようこそ、冒険者ギルドへ」
そのあと簡単な説明を受けた。買い取り条件、場所、クエストの受けかたなど他にも細かいことがある。常識的なことであったり、冒険者という役職についての注意点であったり、あくまで職業に対する意識の向けかただ。
「――では、説明を終わります。何か質問は?」
受付がそう話し終わると、同時に彼は静かに立ち上がった。一礼をして、スタスタと買い取り用受け付けに歩いていくその体を見て、受付はこの日何度目かわからない心のため息をついて一人ごちた。
「やるせないなあ……一週間後に物言わぬ体になりました、ってならなきゃ良いけど」
何度と無く見てきたその光景を思いだし、自分の境遇に感謝する。ただ、年端もいかないような少女が内蔵だけを食われた姿で発見されたり、特徴的な喋りで皆を楽しませていた人が喉をやられて帰ってきたあと、酒に浸り、何日かあとに自殺する。彼らがやむにやまれず冒険者になったことは理解している。だけど、こうも思うのだ、そんな危ないこと、なんで人はやめられなくなるのだろう。初めはやむにやまれずだった物がまるで宿命付けられているかのように男は戦いの場と冒険という二文字に心を踊らせて死地へと赴くようになる。店から出ていく新人の後ろ姿を見ながら、彼女はせめて彼が長生きするようにと信じる神へ祈りを捧げるのだった。
あんまり変わってないような気がする……
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