シーフ
ホームルーム終わり、先生はいつもその言葉で放課にする。だからいつもわかりやすい。だけど欠点は話が長いということ。連絡事項はないのに話が脱線していつの間にか雑談になってしまう。それはクラスメイトには人気の話だから速く終わって、と願うのはあたしだけかもしれない。
「おっと、職員会議が始まっちまう。ホームルーム終わり!」
そう言って出て行く先生よりも速くあたしは教室を飛び出した。だって、だって。もう4時になってしまう。部活が始まってる。教室から出たらもう、廊下にはほとんど人が居ない。他のクラスはホームルームをとっくに終えて放課後になっているのだろう。ずるいずるい、雑談なんて全然楽しくない。
5階の教室を飛び出して階段を飛び跳ねるように下りて行く。向かう先の体育館は教室がある棟とは別棟だから1階まで下りて行かなければならない。わざわざ遠い体育館が恨めしい。終わるのが遅いくせに、着くのもさらに遅くなる。
1階はダンス部が使うフロアと畳のある柔剣道場。2階に球技の部活が使う体育館がある。階段を駆け上って2階をも通り越す。お目当ての3階まで昇って漸く息を整える。
(ここまで一気に来ると息が上がっちゃうんだよね、運動部じゃないあたしにとって毎日のこれがいい運動になってるよ)
ギャラリーとなっている3階のいつもの席に鞄を置く。階下を覗き込んでみたらもう部活が始まっていた。ボールを使っての練習はまだだったから、いつもどうり間に合ったんだと大きく息を吐いた。
ギャラリーに置きっ放しにしてあるスケッチブックと鉛筆、その他の道具を席に運んで座るとパラパラとスケッチブックを流して見た。ここ数日の絵が鉛筆書きで雑ではあるけれど書かれてある。真っ白なページに来ると鉛筆を持った。
じっと、プレイを見ながら印象に残った一瞬を切り取って鉛筆を真っ白な紙に滑らす。書きたいと思った瞬間が見えたら、あとはひたすらスケッチブックしか見ない。
(格好いい、ボールを追ってコートを転がって次に繋げる、すごいな)
練習着の背番号まで書き込んで、またやってしまった、と鉛筆を置いた。あたしのスケッチブックには背番号5の練習着を来た人で埋め尽くされている。もちろん、それ以外にも高校のジャージを来た人も居る。だけど圧倒的に5番が多い。
(だって、眼が追っちゃうんだもん。すきだからしょうがないじゃない。誰にも見せられないな、これ)
そのとき、ダンッと大きな音がして心臓が止まるかと思った。どうやらアタックの練習で床に思い切り打ち付けたボールがこのギャラリーまで飛んできたみたいだった。
(どうしよう、あたしが下に落としてあげればいいのかな、でも、えっと……)
迷ってるうちに背後の階段から昇ってくる足音が聞こえた。ああ、来るっ!
「あれ、人居たんだ」
振り返れば、胸元に書かれた5番が真っ先に眼に飛び込んできた。あたしはあわあわと、声が出ない。
(だって、5番だ。5番。5……)
「とってくれればよかったのに」
「あ、ごめんな、さ、…い」
(そうだよ、取ってあげれば部活を中断してまでギャラリーに探しに来ることもなかったのに、)
コツン、とあたしの足元にボールが当たる。
(ああ!こんなところにボールがあるのに渡さない、なんて性格悪いって思われるっ)
「あれ、俺?」
足元のボールを取りに来た5番の彼が、膝の上に置かれたあたしのスケッチブックを持ち上げて、首をかしげた。
(あぁ!さいあくっ)
「ごめんなさいっ!」
スケッチブックを5番の彼からひったくるように奪って、あたしは駆け出した。
(あたしってばかばか!もう体育館に行けないよ、せっかく動くプレイヤーを近くで書ける場所を見つけたと思ったのに!)
動いている絵をあたしは書きたい、それには本当に動いている人を近くで見て書きたい。だけど、堂々と書けないから隠れて書きたい。体育館のギャラリーは1番いい場所だったのに!
持てる力を振り切って逃げだしたはいいけれど、スケッチブックだけを大事に抱えて財布の入ったスクールバッグやらをすべてギャラリーに置いてきたことに気づくのは駅についてからで。
バッグを盾に迫る彼が待っているとはいまだ知らない。
ういういしいを通り越してじれったいような。
以前別のサイトで公開していたものを引っ張り出してきて、ちょっと最後を修正してみた。
もともとは5番の彼には彼女がいるから、見てるだけで十分。っていうハナシ。