投手の決断
ある海外のプロリーグが、シーズンの終盤にさしかかっていた。連日の激戦が続いている。
そんな中、一人の選手が注目を浴びていた。
所属チームは下位に沈んでいるものの、このシーズン中ずっと、ホームランを量産している。「一シーズンで打ったホームランの数」、その記録更新が現実味を帯びていた。
そして、ついに過去の記録に並んだ。
したがって、次の一本を打てば、記録更新になる。
当然ながら、対戦するチームの監督や投手たちは考えた。
――あの選手が新記録を達成する時、その対戦相手にはなりたくない!
もしも新記録を達成したら、「その時の映像」がテレビやネットで、くり返し使われることになる。
それは、その記録を「誰かが更新するまで」続くだろう。
記録の更新は「来年」かもしれないが、「百年後」かもしれない。屈辱の映像が反復されることになる。最悪の場合、末代までの恥。
だから、どのチームもリスクを嫌って、試合中にこうする。
「『申告敬遠』!」
すでにシーズンの終盤だ。一試合の価値や重みが増している。
あの選手にホームランを打たれるくらいなら、一塁に歩かせた方がいい。
そう。これは勝つための作戦だ。文句を言われる筋合いはない。
それで、どのチームも、
「『申告敬遠』!」
「『申告敬遠』!」
「『申告敬遠』!」
これがここ最近、当たり前になっている。
球場で巻き起こるブーイング。
どちらのチームのファンもブーイングをしている。『申告敬遠』ばかりは、もう飽きた。それでも、お前らプロか。力と力のぶつかり合いを見せろ!
そして、その選手がまたもや打席に立つ。これがおそらく、この試合での最終打席だ。
さて、どうする。ノーアウトでランナーはいない。ここは勝負するのか。それとも、やはり『申告敬遠』か。
球場のファンは注目する。
マウンドにいるのは、リーグ屈指の抑え投手だ。この投手は非常に勝ち気だから、もしかして・・・・・・。
ファンは期待する。ここは勝負してくれるかもしれない。
ところが、そんな期待はあっさりと、
「『申告敬遠』!」
監督がベンチから出てきて言う。やはり、勝負はしないのか。
しかし、マウンドにいる投手が、両腕で大きく「×(ばつ)」印をつくった。
投手が『申告敬遠』を拒否!?
予想だにしない事態に、球場がざわつく。
捕手があわてて、「タイム」をとった。マウンドへと走っていく。
まさかの事態に、ベンチから投手コーチが出てきた。
マウンドで話し合う三人。
どうやら投手は、「この打者との勝負」を主張しているようだ。
その剣幕に押されて、捕手と投手コーチがベンチを見る。
視線の先には監督がいた。両腕で大きく「×(ばつ)」印をつくっている。投手の主張を認める気はないらしい。
――このチームの監督は俺だぞ。ここは『申告敬遠』だ!
そんな顔をしている。
投手はやれやれと、肩をすくめた。
「『申告敬遠』はしない。普通に四球投げて、この打者を敬遠する。絶対にバットが届かない、そんな場所に投げるから安心してくれ。今日の球はこんなに走っている、それをファンに見せたい」
投手コーチがベンチに走る。
コーチの説得により、監督は不満顔ながら認めた。
「一塁に歩かせるならいいだろう。さっさと四球投げてしまえ」
結局、打者との勝負はしないことになった。
球場はブーイングの嵐である。
で、投手が渾身のストレートを投げた。自チームのベンチに向かってだ。
その狙いはもちろん――
ボールが監督に命中する。
と同時に、
「まずは一球!」
投手が吠えた。
予想外の出来事に、球場は静まりかえる。
が、次の瞬間には、
「あと三球!」
「あと三球!」
「あと三球!」
ファンの声が喝采へと変わった。
次回は『投手コーチの食事会』というお話です。




