お嬢さまは野球場
あまり知られていないことですが、「大きな野球場」の多くは、実は「お嬢さま」です。
なので、球場ごとに「執事」がついています。
ただの「執事」ではありません。野球場のお世話が得意な「ものすごい執事」です。
今回は、そんな「お嬢さま」と「ものすごい執事」のお話。
雨が降りそうな日でした。今日は夜に、プロ野球の試合が予定されています。
いろんな会社の天気予報を確認しながら、お嬢さまが言いました。
「『雨天中止』は嫌だから、何とかして」
今日はどうしてもお客さんたちの笑顔が見たい、そんな気分なのです。
「かしこまりました」
執事はすぐに動きます。
空は厚い雲で覆われていました。夜の降水確率は九〇パーセント以上です。
執事はまず、独自のルートを使って、「雨乞いの専門家」を「百人」集めました。彼らの移動手段として、タクシーも「百台」手配します。
さらに「スーパー気象予報士」を「十人」集めました。彼らの予報を見やすくまとめるために、「データ処理チーム」も結成します。
そして、全体の指揮を任せる人材として、「戦略シミュレーションゲームの達人」を呼びました。
その達人に向かって、執事が言います。
「方法はお任せします。こちらからお願いしたいことは一つ。夜の試合が『雨天中止』にならないようにしてください」
「わかった。こんなミッションは初めてだが、最善を尽くしたいと思う」
球場の一室で、「戦略シミュレーションゲームの達人」は、この辺りの地図を広げると、
――雨雲は敵。それが大挙して、西と南から接近中だ。
――こちらの戦力は、「雨乞いの専門家」が「百人」。
――彼らの実力は、現場で試しながら把握したい。いくら全員が専門家とはいえ、その実力には、それなりに差があるだろう。
そんな風に、「戦略シミュレーションゲームの達人」は考えました。
とりあえず、「雨乞いの専門家たち」を二つの集団に分けます。それぞれの集団を、野球場の西と南に向かわせることにしました。
彼らを乗せたタクシー百台が、列になって出発していきます。
同時刻、「スーパー気象予報士たち」も仕事を開始しました。
気象予報士たちの言葉を、「データ処理チーム」が地図に書きこんでいきます。このあと雨雲や風向きが、どうなりそうなのか。
次々と埋まっていく地図。
その地図を真剣に見つめる「戦略シミュレーションゲームの達人」。
さまざまな可能性を検討しながら、次のことを決めていきます。「雨乞いの専門家たち」を「どこに」「何人」配置するのか。
そして、それぞれ所定の地点に着いたら、すぐに雨乞いを始めるように指示しました。
雨乞いとは、雨を降らせることです。それを行うにはまず、「自分のいる場所に雨雲を集める」必要があります。
つまり、「雨乞いの専門家たち」は、雲の動きをコントロールするスペシャリスト集団。彼らの力をうまく使えば・・・・・・。
執事が手配してくれたので、五分おきに届きます。人工衛星からの写真です。宇宙から見た雲の写真。
雨乞いの結果はすぐに出ました。
雲をうまく集めているところがあります。このまま球場とは別の場所に誘導させましょう。
その一方で、雲をうまく集めきれていないところもあります。
さて、どうするか。「人工衛星から送られてきた雲の写真」や、「天気予報が書きこまれた地図」を見ながら、「戦略シミュレーションゲームの達人」は考えます。
(このあと、どこに戦力を注ぎこむべきか)
次々と指示を出して、「雨乞いの専門家たち」の配置を変更していきます。
はたして、どうなることやら。
雲との押し相撲が、しばらく続きました。現地では、雨が降ったり止んだり、激戦になっています。
なおも、「戦略シミュレーションゲームの達人」は指示を続けました。
すると、激戦になっている地域の一つで、大きな動きがありました。
雲の一部が迂回し始めたのです。少し遠回りをして野球場を狙おうか、そんな動きを見せています。
達人は見逃しません。それが雲全体の弱点になるはずだと、「雨乞いの専門家たち」の一部を、そこに突入させました。
この作戦が当たります。わずかな時間で、迂回中だった雲の制御に成功しました。
これで、雲の一角が崩れます。
この機を逃しません。激戦になっている場所でも、達人の指示で次々と攻勢に出ます。
それで、「勝負あり」でした。
現時点において、夜の天気は「晴れ」。降水確率はゼロパーセントです。プロ野球の試合が『雨天中止』になることはありません。
とはいえ、お嬢さまは不安なようです。
ほんの少し前まで、夜の降水確率は九〇パーセント以上でした。お客さんたちは「夜には雨が降る」と思っていて、野球場に足を運んでくれないかもしれません。
なので、執事に頼みます。
「かしこまりました」
執事はすぐに動きます。
さっそくスマホでどこかに電話をかけ始めました。
お嬢さまは「あること」を思い出します。
一つ注文をつけました。
「前にやった方法は、ナシの方向で」
「かしこまりました」
執事は速やかに電話を切ります。
やはり、その電話は「刑務所」にかけていたみたいです。「刑務所」から「囚人たち」を連れてきて、野球場を埋めるつもりだったのでしょう。
そういう「ずる」を、お嬢さまは好みません。だから、今回は「ナシ」です。
「少し考える時間をください」
執事は自分の部屋に戻ると、「今夜の試合のチケットがどれくらい売れているのか」を確認しました。
まだ空席があります。
なので、値引きしました。かなり思い切った値段にします。
また、球団の公式ホームページに空の写真を載せて、野球場とその周辺が晴れていることを、インターネット上で拡散しました。
とはいえ、これくらいではまだまだでしょう。
お嬢さまの期待にこたえようと思ったら、さらなる手を打たなければ。そうしなければ、たぶん野球場は満員になりません。
(とっておきの手を使うことにしますか)
執事はあちこちに電話をかけ始めます。必要な情報を集めました。
いったい何をしようとしているのか?
それは『ゲリラライブ』です。
かつて、この県から世界に羽ばたいていった『カリスマバンド』がいました。伝説のロックバンドです。
しかし、五年前に「解散」しました。
そんな彼らに、今夜「一日限りの復活」をしてもらうのです。野球場での『ゲリラライブ』。
その情報が「なぜか」、事前にもれてしまう。
そういう筋書きです。伝説のロックバンド目当てのお客さんたちがきっと、野球場に押し寄せてくるでしょう。
執事は伝説のロックバンドに連絡をとりました。こちらのお願いに対して、彼らは前向きです。
ところが、問題が発生しました。
「『ゲリラライブ』をやるのはいいんだけどさ、ドラマーが今、海外に行ってるんだよね」
行き先は南米ブラジル、アマゾンの奥地。
「何をしに行ったんです?」
「本人は冒険と言っていました」
そういうわけで、執事は急いで探します。本人が無理なら、「そっくりさん」を使うしかありません。
さまざまな人脈を駆使して、どうにか見つけました。ちょっと似ているだけなら、熱狂的ファンには見破られてしまうでしょう。でも、ここまで似ていれば、きっと大丈夫なはず。今日はこれで乗り切ることにします。
その数分後でした。
野球場での『ゲリラライブ』、その情報が「なぜか」もれてしまいました。インターネット上で絶賛拡散中です。おかしいなー、変だなー、どこからもれたのかなー。
それと並行して、野球場に「チケットの問い合わせ」が殺到します。はい、当日券ですねー。まだありますよー、早い者勝ちですよー。そうです、今日の試合は午後六時からです。
さて、準備は整いました。
あとは、お客さんたちが来るのを待つだけです。
で、試合前になりました。現在の時刻は午後五時四十五分です。
「お嬢さま、ご覧ください」
執事は言いました。
夕方の空には雲一つありません。
さらに、球場はお客さんたちでいっぱいです。
これにはお嬢さまも満足しました。
でも、不安が一つ。
お客さんの半分近くが、伝説のロックバンド目当てのようです。彼らのタオルを掲げています。
「『ゲリラライブ』が終わったら、あのお客さんたち、球場から出ていっちゃうんじゃ」
「ご安心ください。試合終了まで、この球場から彼らが出ることはありません」
執事はすでに手を打っていました。
このタイミングで場内アナウンスが流れます。
「緊急事態発生、緊急事態発生。当球場の近くで、凶暴な野生イノシシを目撃したとの通報がありました。球場周辺の安全が確認されるまで、お客さまは球場の外に出ないようお願いします」
次が最終回です。




