星を見るツアー
今は夏休みだ。
そして、まもなく夜の十時になる。
集合場所の体育館では、大勢の親子がうきうきしていた。これから特別なイベントがあるのだ。
しばらくして、小学校の前に、三台のバスが止まった。
体育館にいた子どもたちが次々と、バスに乗りこんでいく。
乗りこむ時に、子どもたちはもらった。一本の「ペットボトル」と、「おかしの詰め合わせ」だ。
朝までにおなかがすいたら、これを食べればいい。
全員を乗せ終わると、バスが走り出した。郊外へと向かう。
これは『星を見るツアー』だ。
希望者は事前に申しこみをして、この日を待った。
待ちに待ったイベントなので、バスの中はにぎやかだ。
子どもたちが、はしゃいでる。今夜は、朝まで起きているつもりだ。途中で眠くならないように、しっかり昼寝をしてきた。
バスが一時間くらい走って、目的の場所に着く。
プロ野球の二軍が使っている「野球場」だ。
この時間、野球の試合はやっていない。
けれども、野球場のゲートは開いていた。
野球場の中からは、子どもたちの声が聞こえてきている。
どうやら、他の小学校の子どもたちが、先に着いているらしい。
バスからおりて、野球場の中に入る。
見上げると、満天の星だ。
その光景に感動する子どもたち。
今日は朝まで、ここで星を見るのだ。
朝の五時ごろには、「りゅーせーぐん」とかいう、たくさんの流れ星を見ることができるらしい。
なかなか見ることのできないものだから、しっかり見ておこう。
自分の席に着くと、イヤホンをもらった。片方の耳につけるイヤホンだ。
さっそく耳につけてみると、アニメの声が聞こえてくる。
今、野球場の大画面でやっているアニメだ。
眠たくなったら、イヤホンをはずせば、音は聞こえなくなる。
でも、今日は朝まで起きているつもりだ。そのために、しっかり昼寝をしてきたのだから。
とはいえ、すでに眠そうにしている子もいる。
そんな子どもたちに、良い知らせだ。
朝の四時になったら、野球場全体に音楽が流れるらしい。
だから、たとえ眠ってしまっても、起きることができる。
しかし、子どもたちの多くが、こう考えていた。
朝まで起きていよう。
これは未知への挑戦だ。簡単なことじゃないだろう。でも、がんばれば何とかなるはず。
そんな考えだったけれど、夜の十二時を過ぎると、寝ている子どもの姿が目立つようになった。
で、さらに時間は過ぎていき、朝の四時になる。
野球場全体に、音楽が流れ始めた。
子どもたちが目を覚ます。
まだ寝ぼけているものの、どうにかこうにか球場の時計を見る。んーと、朝の四時だ。
しまった! 寝ちゃった!
しかし、時間は巻き戻せない。真夜中のドキドキタイムが、終わってしまった。
少しだけ後悔する。さらに、少しだけ反省もした。
そのあと、空を見上げる。
まもなく、「りゅーせーぐん」だ。たくさんの流れ星。
それを見るために、ここに来たのだ。
ふと思う。おなかが少しすいてきたかも。
でも、おかしを食べるのは我慢する。
子どもたちの中には、こう考える子たちがいた。
家に持って帰って、弟や妹に見せびらかしながら食べよう。
または、家に持って帰って、弟や妹に分けてあげよう。
子どもたちの性格はさまざまだ。
今はおかしを我慢する理由が、他にもあるし・・・・・・。
空腹を知らんぷりして、子どもたちは空を見上げる。
まだ夜だ。星が出ている。
子どもたちはわくわくしながら待った。
流れ星はまだかな、まだかな。
でも、集中力が続かない。
上ばかりをずっと見ているのは、けっこう大変だ。首が疲れてくる。
なので、ときどき休けいだ。
そうしている内に、朝の五時まで、残り十五分くらいになった。
突然、何人かの子どもたちがさけぶ。
最初の流れ星だ。
それを聞いて、球場にいる子どもたちが、いっせいに空を見る。
しかし、空は広いな、大きいな。
しかも、流れ星の動きは速い。
うまく見つけられた子は、目を輝かせた。
一方で、そうじゃない子は、さらに探し続けて、探し続けて・・・・・・
次の流れ星を見つけた!
ついに、「りゅーせーぐん」が始まったっぽい。
空一面を流れ星が覆う、そんな感じを想像していたけれど、流れ星は一つか二つずつだ。
しかも、ずっと連続して、流れ星が見えるわけじゃない。一分か二分か、そのくらいの間隔があく。
それでも、すごい! すごい!
そう思っていたのは、最初の十分くらいだった。
子どもたちは飽きてくる。
流れ星を見つけて願いごとをしようにも、その願いごとの方が尽きてきた。
むりやりひねり出すので、どんどん願いごとの質がしょぼくなっていく。
ついには、あくびをする子どもたち。
あとで流れ星の写真をもらえるそうだし、もう空はいいや。
こういうのにずっと夢中になれる、そんな子が大きくなったら、宇宙飛行士だったり、UFOを探すお仕事をするんだろうか。
などと考えていると、球場の外から、おいしそうな香りがただよってくる。
パンだ。焼きたてパンの香り。
球場内に放送が流れる。
「パンが焼き上がりました」
子どもたちにチケットがくばられる。
この『星を見るツアー』には、朝ごはんがついているのだ。
チケットは三まい。
赤いチケットと、黄色いチケットと、青いチケットだ。それぞれ一まいずつ。
チケットの説明が、球場内に流れる。
「赤いチケットで交換できるのは、『食パン』です。好きな食パンと交換できます」
子どもたちは首をかしげる。
食パンって、だいたいどれも同じだ。なのに、好きな食パン?
次は、黄色いチケットの説明だ。
「黄色いチケットで交換できるのは、『好きなパン』です」
子どもたちは喜ぶ。こっちは色々なパンの中から、好きなものを一つ選べるみたいだ。
「青いチケットで交換できるのは、『好きな飲みもの』です」
これもうれしい。バスに乗りこむ時にもらったペットボトルは、もう空っぽだ。
今の放送を聞いて、子どもたちのテンションが跳ね上がる。
もう眠気はまったく感じない。
早く、早く。
とはいえ、ここにいる子どもたちが、いっせいに球場の外へ出ると、大混乱になってしまう。
だから、順番だ。同じバスに乗ってきた子どもたちで、一つのグループになる。
まだかな。まだかな。
焼きたてパンの香りは、どんどん強くなっている。
球場のあちこちでは、おなかが「グー」の大合唱だ。
すでにパンを手にした子どもたちもいて、まだの子はそれをうらやましそうに見ている。
でも、自分の順番はもうすぐだ。
そして、ついに――
「じゃあ、立ってください。移動しますよ」
係員さんの案内で、球場の外に出る。
すると、そこにはキッチンカーがたくさん並んでいた。
中で料理ができる車だ。絵本や図鑑で見たことがある。おいしい車。
焼きたてパンの香りは、キッチンカーの中からしている。
キッチンカーの前には、「のぼり」が立っていた。
これも絵本で見たことがある。「桃太郎」が背中につけている、たてに長い「はた」だ。
赤い「のぼり」があるキッチンカーでは、赤いチケットと食パンを、交換できるらしい。
バターをぬって、オーブントースターで焼いただけの、シンプルな食パンだ。
しかし、どのキッチンカーの食パンもまったく同じ、というわけではなかった。
それもそのはず。これらのキッチンカーは、ライバル会社同士だ。「パンをつくる機械(家庭用)」や「パンを焼くオーブントースター(家庭用)」が主力商品の会社ばかりである。
――焼きたてパンの味を、子どもたちに知ってもらおう。これは業界全体のためになる。
そんな建前の一方で、本音はこちら。
――焼きたてパンを試食してもらえば、どこの会社が一番かわかる。たぶん、うちの会社だけどな。他のみんなは、二番手争いを必死にがんばってくれ。
そういうわけで、ライバル会社同士が手を組んだ。この『星を見るツアー』を企画したのだ。
だから、流星群を見るのは、あくまでも「前座」。
重要なのは、ここからだ。
うちの会社の機械でつくったパンを食べて、「おいしい!」と言ってもらいたい。
できれば家に帰ったあとで、「朝はやっぱり焼きたてパンだね♪」と、親御さんに言ってもらいたい。
そういう下心があるので、参加料は格安。地域によっては無料だ。もしも、機械の売上につながらなければ、会社は赤字になってしまう。
なので、今やるべきことは一つだ。子どもたちに、おいしいパンを食べてもらう。そのことだけに集中するのだ。それが必ずや、機械の売上につながるはず。
まずは、他の会社と味を比較しやすいように、「バターをぬっただけの、シンプルな食パン」で勝負。
――こっちの香りは~、おいしいぞ~。
焼きたてパンの香りを、うちわでパタパタあおいで、子どもたちの方に送る。
――どうだ、子どもたちよ。こんなパンを、毎朝食べたいと思わないか?
もちろん、食パンだけで子どもたちが満足する、とは考えていない。
だから、黄色いチケットがある。このチケットで交換できるのは、それぞれの会社が得意とするパンだ。
クロワッサンやブリオッシュが得意な会社。あんパンやジャムパンが得意な会社。ホットサンドが得意な会社。ワッフルなんかもつくれちゃう会社。
――さあ、子どもたちよ。好きなパンを選ぶのだ。
黄色いチケットを手に、子どもたちがキッチンカーにむらがってくる。
――あとはわかっているね。おうちに帰ったら満面の笑みで、「朝はやっぱり焼きたてパンだね♪」だ。「流れ星を見たよ♪」だけで済ますんじゃないぞ。
次回は『ある計画』というお話です。




