その日の予定
プロ野球のシーズンが終わった。
しかし、プロ野球ファンにはまだ、大きなイベントが残っている。
「それでは家族会議を始めます」
母親が言う。
参加者は六人。
母、父、祖母、祖父、そして、娘(中一)、息子(小四)だ。
食卓の上には、各種資料が広げられている。
この家族会議のことは、事前に告知されていたし、去年も同様の家族会議を開催した。
そのため、すでに各人が資料の内容を頭に入れている。
「えー、今年も『ファン感謝デー』の季節になりました」
去年と同じく、母が議長をつとめる。
プロ野球では、シーズンが終わってから、『ファン感謝デー』を開催するのだ。
十一月の土日になることが多い。同じ日に、複数球団の『ファン感謝デー』が重なることも珍しくなかった。
贔屓にしているのが一球団だけなら、まったく問題ない。
しかし、もしも贔屓の球団が二つ以上あったら? そして、その『ファン感謝デー』が同じ日に重なってしまったら?
最近では、リーグごとに贔屓の球団がある、そんなファンも珍しくない。
とはいえ、たとえば『ファン感謝デー』の開催地が「北海道と広島」だったら、あきらめもつく。かなりの距離があるので、「掛け持ち」はほとんど不可能だ。
けれども、開催地が「関東のみ」や「関西のみ」に限られているなら、「掛け持ち」が可能。
この家族の場合がそうだった。
関東在住のプロ野球ファンで、贔屓の球団が各リーグに二つずつある。合計四球団。すべて関東の球団で、しかも同じ日に『ファン感謝デー』だ。
つまり、「掛け持ち」が可能。
「それでは決めたいと思います。誰がどの球団の『ファン感謝デー』に行くのか」
どこの球団でもだいたい、その日限定のグッズを販売する。数量も限定だ。
複数球団でそれらのグッズを手に入れようと思ったら、一人では難しい。だから、家族で協力し合う。役割分担だ。
が、さすがにこういう時、子どもは強い。本人の希望がまず通る。
「A球団で!」
「A球団で!」
娘と息子の希望が重複する。
A球団は今年の日本一チームだ。
「じゃあ、ママはB球団にするね~」
議長であるにもかかわらず、ここで自分の意見を告げる母。
さらに続けて、
「近所のママさんファンみんなで、すでにチケット取っちゃった~」
B球団はイケメンの若手選手が多いのだ。
だから、確保した。若手選手のトークショー付き『スイーツビュッフェ』。
なお、『スイーツビュッフェ』のチケットは二枚取っている。
自分は最初からB球団の『ファン感謝デー』に行くが、途中から娘も合流する予定だ。
A球団の会場とB球団の会場は、電車で数駅しか離れていないので、中学生なら一人で移動できるだろう。
母のB球団行きに味方するよう、娘とは事前に話をつけていた。
「じゃあ、わしたちは孫たちと一緒に、A球団に行こうかのう」
祖父が言った。祖母も笑顔で、うんうんうなずいている。
孫は中一と小四。一緒に行く保護者が必要だろう。
これで会議の参加者六人の内、五人が希望を出した。
母、祖母、祖父、そして、娘、息子の視線が、父へと向く。
残りはC球団とD球団だ。どちらも関東だが、一人で両方に行くなら、県を越えての移動になる。
この二球団を父が「掛け持ち」してくれれば、誰がどこに行くのかは決定だ。家族で四球団コンプリート。
五人は目で訴えかける。父に無言の圧力をかけ続ける。
その結果、数の暴力が勝利した。去年と同じ展開である。
「こうなりそうな予感はしていたんだ」
父の表情は強ばっている。
そして、『ファン感謝デー』前日の夜になった。
父が家を出る。
この時間に出発しないと、C球団の「限定目玉商品」を買うことは難しい。始発電車で着いても、おそらく無理。
そのため、前日夜に出発して、徹夜で行列に並ぶのだ。
で、日付が変わり、翌日になる。
さらに、C球団『ファン感謝デー』の物販開始時間だ。
父はC球団の「限定目玉商品」を確保すると、今度はD球団の『ファン感謝デー』に向かう。ここから先は電車移動だ。
駅の改札を抜けたところで、スマホに電話がかかってくる。娘からだ。
パレードを見たり、A球団の『ファン感謝デー』をある程度楽しんだので、これからB球団の『スイーツビュッフェ』に移動するらしい。
「パパ、移動が大変だったら、あんまり無理しなくていいからね」
優しい言葉をかけてくれる。
それで少しは疲れが吹き飛んだ。
電車に揺られること一時間半。
D球団『ファン感謝デー』の会場に着いた。今年は最下位だったものの、たくさんのファンが訪れている。
そこでまたもや、電話がある。今度は息子からだ。
「いつもありがとう」
実は、先日の家族会議のあと、もう一つの家族会議があったのだ。
参加者は五人。
母、祖母、祖父、そして、娘(中一)、息子(小四)だ。この会議、父には内緒である。
議長は娘で、
「がんばってくれるパパのために、当日の『励ましお電話』、その順番を決めておこう」
一人だけ長距離移動となるパパに、みんなで順番に、励ましの電話をかけるのだ。
父の当日の予定を予想しながら、五人の話し合いは盛り上がった。
次回は『オリンピックの正式種目』というお話です。




