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魔王軍、おもてなしの極致 〜聖女の笑顔のために軍予算を「観光」へ全振りしたら、魔界が爆益を上げ始めた件〜  作者: いたちのこてつ


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第6話 勇者パーティー、関所にたどり着く

人間界の荒れ果てた土の街道を抜けた先、魔界との境界線からその『異様』は始まっていた。


鏡面のように磨き上げられた漆黒の魔力舗装路が、一分の隙もなく地平線の彼方まで続いている。馬車の振動を一切許さぬその滑らかさは、まるで巨大な黒い絹帯を広げたかのようであった。


「……おい、嘘だろ。いつもの旅よりも快適に、目的地についてしまった……」


勇者レクスは、目の前にそびえ立つ魔界の巨大な門を見上げ、釈然としない表情で呟いた。


「本来なら数日は泥にまみれ、ガタガタと揺れる馬車に耐えて、野営の疲れでボロボロになりながらようやく辿り着くはずの死地だぞ? それがどうだ、今回は滑るように進んで、一睡している間に運ばれただと。不気味なほどに体力が有り余っていて、逆に落ち着かない……」


レクスは、剣の柄を握り直した。苦労して辿り着いてこそ「魔王討伐の旅」という実感が湧くものだが、今の彼はまるでちょっとした小旅行にでも来たような、拍子抜けした感覚に陥っていたのである。


「レクスさん、顔が怖いですよ? 道が綺麗で、馬車の中でもぐっすり眠れちゃいましたね!」


エリナが、過去最高に血色の良い顔で笑いかける。隣ではミラが、一歩も歩いていないかのような軽やかな足取りで、無言のまま舗装路の感触を確かめていた。


その完璧すぎる道の先、魔界と人間界を隔てる巨大な門の傍らに、場違いなほど美しい木造建築が鎮座していた。看板には、アルバスが筆を執った優雅な文字で『極楽温泉関所』と記されていた。


「……来るぞ。構えろ!」


レクスは、静寂に満ちた快適さへの違和感を振り払うように、殺気立った声で叫んだ。


彼の目の前には、門番であるはずのオークが、ピシッと背筋を伸ばして立っていた。かつて村々を襲っていたはずの怪物は、今や糊の効いた真っ白な割烹着(特注サイズ)を纏い、深々と頭を下げている。


「い、いらっしゃいま、せ……っ! グルゥ…」


オークは震える指先で「三つ指」を維持し、必死に口角を上げて一行を促した。その顔はもはや接客というより、極限の拷問に耐える戦士のそれであった。


「……ふざけるな! 俺は騙されないぞ!」


レクスがさらに剣を突き出そうとしたその時、背後からふわりと甘い花の香りが通り抜けた。


「わあ……! レクスさん、見てください! 玄関にお花が活けてありますよ。とっても綺麗!」


「おい、エリナ!? 待て, 勝手に入るな!」


レクスの制止も聞かず、エリナは吸い寄せられるように引き戸を開けて中へと入ってしまう。


「……いい匂い。お香の香り」


「レクス、俺も偵察に行ってくるぜ!あばよ」


ミラとゴルドも、抵抗感など微塵もなくエリナの後に続いた。


「くそっ、あいつら……! 待て! 俺も行く、俺から離れるな! これは罠だぞ、絶対に罠なんだからな!」


レクスは、釈然としないどころか怒髪天を突きながらも、仲間たちを守るために慌てて剣を構えたままエントランスへと飛び込んだ。


重厚な白木の引き戸をくぐり、清潔な畳の香りが漂う空間に足を踏み入れた、その瞬間だった。


「レクスさん、見てください! このおしぼりフカフカでホッとします!」


エリナが既に手にとっていたのは、まるで一行の到着をコンマ一秒の狂いもなく予見していたかのように、給仕係のスケルトンが絶妙なタイミングで差し出した温かいおしぼりだった。


「ぬかせ! そのおしぼりは、毒が染み込んでいるに違いない! 俺が……俺がまず検分してやる!」


レクスは、死を覚悟しておしぼりをひったくった。……その瞬間、彼の思考が停止した。


(わあ……なんだ、この絶妙な温度は。熱すぎず、まるで母親の掌のような、慈愛に満ちた温度設定……。おまけに、微かに香るこの柑橘系の香りは……リラックス効果のある高級ハーブ!?)


「……ただの良い温度のおしぼりだ。そんな、そんなわけが……。……っ、あり得ないだろ、こんなこと……」


「……極楽」


レクスの隣で、ミラがすでに自分のおしぼりを顔に当てて、小さく、だが力強く呟いた。


***


一行は、オークに案内されるがまま、施設内へと進んでいく。待合室では、天才パティシエ・ピエールがアルバスの無茶振りに応え、徹夜で完成させた『白銀のシフォン 〜魔界レモンの微風そよかぜ仕立て〜』が運ばれてきた。


「……ふぁぁぁ! レモンの皮の香りが微かに抜けて、とっても爽やか! レモン風味は私の最近のマイブームなんです、レクスさん!」


「エリナ、食べるな! それは……それは、喉から内臓を焼き尽くす魔界の高純度な酸かもしれない……っ! ……はぐっ!?」


レクスの口に、ゴルドが強引にケーキを突っ込んだ。


「おい、レクス。 分析は後だ。まずはこの、甘さ控えめな生地の中に潜む、極限のフワフワ感の正体を突き止めねばならん。これは……戦士の警戒心を霧散させる、悪魔的口溶けだ」


「……おかわり」


無口なミラが、空になった皿をスケルトンに差し出し、淡々と、しかし有無を言わさぬ迫力で告げた。その瞳は、深淵の魔導書を解読する時以上の熱を帯びている。


「カタカタ(かしこまりました、お客様)!」


ケーキを食べ終えたゴルドは、そんなミラの豹変を気にする様子もなく、魔界の地酒のメニュー表を熱心に読み耽っていた。


***


そして、一行はついにアルバスが仕掛けた最大の罠、大浴場へと辿り着く。


「……いいか、ここは魔力を封じ込めるための罠……あるいは、勇者を全裸にして無力化するための邪悪な計略に違いない! 全裸になるなど、勇者として死に等しい! 俺は……俺だけは、決して鎧を脱がな……」


「まあ! なんて肌に良さそうな、とろとろの温泉なの? レクスさんも、早くそちらのお湯に浸かってください! 本当に気持ちいいですよ!」


レクスが悲壮な覚覚を叫び終わるより早く、女湯からエリナの無邪気な歓喜の声が響き渡った。それは、アルバスが薬草と魔石の配合をミリ単位で調整し、エリナの肌質に最適化させた究極の『美肌の湯』であった。


隣ではミラが無表情のまま、そのお湯の『とろみ』を指先で丹念に確認し、首まで浸かって深く、深く頷いた。その瞳には、魔道の深淵を覗く時以上の情熱が宿っていた。


「ミラ!? おい、返事をしろ!」


仕切り壁の向こうへ、レクスは悲鳴に近い声を上げた。エリナの騒ぎっぷりに反して、あまりに静かなミラの安否を危惧したのである。


「……くそ、やられたか。一人、また一人と、魔界の術中に……! ……はぁぁぁ、なんだこの温もりは。この湯気に包まれているだけで……っ、警戒心が溶けていく……! くそ、なんて卑劣な安らぎなんだ、ちくしょう!」


脱衣所で一人、ガタガタと震えながら剣を握りしめるレクス。男湯からはすでに、湯船に浸かったゴルドの「ふおおぉぉ……」という、魂の抜けたような野太い吐息が漏れ聞こえていた。


浴室から溢れ出してくる、あまりにも心地よい温かな湯気と、仲間たちの幸せそうな気配に、彼の鋼の精神は急速に摩耗していった。


***


その様子を――ただし、アルバスの「推し」への不敬罪ギリギリの配慮により、水晶球の映像は男湯限定であったが――魔王城の玉座の間で眺めていた魔王ヴォルガディスは、戦慄していた。


「見ろ、アルバス……! あの最強の勇者レクスが、裸になることすらできず、脱衣所で恐怖に震えているぞ。そして聖女は毒入りの菓子を口にさせられ、重戦士はお前が用意した液体に力なく沈められている……」


ヴォルガディスは、冷徹な笑みを浮かべるアルバスの横顔を見つめ、確信した。


「これほどまでに残酷な光景があるだろうか。戦う力すら奪い、精神を内側から破壊する。お前が作ったこの『温泉関所』は、まさに人類にとっての処刑場だな!」


「……恐縮です、魔王様(※訳:エリナ様がお肌に合う泉質を喜んでくださって、本当に良かったです)」


――そう、魔王は純粋バカだった。


もっとも、一番絶望しているのは、勇者の矜持を保とうと脱衣所で剣を構えながら、湯気のぬくもりに涙しているレクスなのだが。


魔界ツアー、第一の関門。勇者一行(一名を除く)は、完膚なきまでに「制圧」されていた。

執筆の励みになりますので、続きを読みたいと思っていただけたら、ぜひブックマークよろしくお願いします!評価もいただけると嬉しいです。


本作の他にも、完結済みの作品を公開中です。


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