第5話:偽りの招待状とオタクの矜持
魔王城、執務室。
アルバスは、最高級の羊皮紙に黄金のインクで「招待状」をしたためていた。その様子を後ろから眺めていた魔王ヴォルガディスが、満足げに鼻を鳴らす。
「ククク……ついに、あの忌々しい勇者どもを直接、この死地へと誘い出すのだな?」
アルバスは顔を上げず、冷徹な筆致で宛名を書き込みながら答えた。
「左様です、魔王様。これはただの紙ではありません。敵の射幸心と油断を誘う『精神的拘束具』。名付けて『偽りの魔界親善ツアー招待状』です」
「親善ツアー、だと?」
「ええ。奴らに『特等ツアー当選』という偽りの栄誉を与え、無警戒な状態で魔界の深部まで引きずり込みます。自ら進んで死の入り口を叩かせる……これこそが、剣を使わぬ真の制圧です」
「なるほど! 奴らは自分たちが幸運だと思い込みながら、地獄へと足を踏み入れ、絶望するわけか。お前の知略には、いつも背筋が寒くなるぞ、アルバス!」
ヴォルガディスが豪快に笑いながら去った後、アルバスは誰もいない室内で、その切れ長の瞳を歓喜に震わせた。
――そう、魔王は純粋バカだった。
アルバスの言う「精神的拘束」とは、公費で公式に聖女をエスコートし、その心をおもてなしで縛り付けることに他ならない。
***
その日の夜。アルバスの自室。
彼は今、かつてない緊張感の中にいた。机の上には、人間界の極秘ルートから入手した聖女エリナの「限定記念布ポスター」や、彼女の祈る姿を模した「木彫りの聖像(等身大)」が並んでいる。
「……ふむ。インクの乗り、布の質感。どれもエリナ様の尊さを損なっていない。合格だ」
アルバスが、手袋をはめた手で極秘ルートから入手した聖女グッズたちを検品していた、その時だった。
「アルバスよ、夜分にすま……ッ!?」
ノックもなく入ってきたのは、父である参謀だった。彼は机の上に広げられた「聖女エリナ尽くし」の光景を目の当たりにし、言葉を失った。
「む、息子よ……。これは、一体何の儀式だ? なぜ敵の象徴である聖女の肖像が、これほどまでに……」
一瞬の沈黙。アルバスの脳内が超高速で回転する。彼は表情一つ変えず、むしろ父を威圧するような鋭い視線を向けた。
「……父上、これが理解できませんか。これは『敵を知るための呪物』。敵の精神的支柱である彼女の姿を日々観察し、その微細な表情の変化から、人間界の動向を読み解くための研究対象です」
「……何だと?」
「見てください、このポスターの瞳を。ここから発せられる『聖なる波動』を解析し、その逆位相を見出すための研究……すなわち、無力化の理論構築を行っているのです。この木造の依代(等身大)も、打撃ポイントを確認するための実験体。私は、一刻たりとも敵の排除を忘れたことなどありません」
アルバスの声には、一切の迷いもなかった。父は、そのあまりの熱量に気圧され、目頭を熱くして息子の肩に手を置いた。
「……おお、何という献身だ。寝食を惜しんで、これほどまでに敵を憎み、研究していたとは。我が息子ながら、その執念に恐ろしさすら覚えるよ。頑張れ、アルバス。魔界の未来はお前にかかっている」
「……はい、父上」
(危なかった。次からは内鍵を二重にしよう)
***
一方、人間界。ソリスティア王国の宿屋。
勇者一行は、届いたばかりの黄金の封筒を囲んで、激しい議論を戦わせていた。
「絶対に罠だ! 見ろ、『魔界親善観光局』なんて聞いたこともない! おまけに『豪華温泉宿泊と絶品スイーツ食べ放題付き』だと? 俺たちをまとめて煮て食うつもりだぞ!」
勇者レクスが机を叩いて叫ぶ。しかし、聖女エリナはキラキラと目を輝かせながら招待状を見つめていた。
「でも、レクスさん。見てください、ここ。ちゃんと『平和祈願』って書いてありますよ? きっと魔王様も、争いに疲れて仲良くしたいのかも……。何より、この『白銀のシフォンケーキ』の写真、とっても美味しそうです!」
「エリナ、騙されるな! 食べ物の写真で勇者を釣る魔王がいるか!」
「……いる。私は、このクリームに溺れたい」
無口な魔道士ミラが、招待状の写真を指差してボソリと呟いた。
「ミラまで!? おい、ゴルド、お前も何か言ってやれ!」
「……レクス、これは高度な精神攻撃だ。戦士の胃袋を掴み、闘争本能を麻痺させる……極めて陰湿な罠に違いない。この『魔界名産・大サソリの塩辛と極上地酒セット』を前にして、俺の警戒心はすでに悲鳴を上げているぞ」
「ゴルド、お前まで……っ!!」
レクスは頭を抱えた。だが、聖女エリナの「行きましょうよ、レクスさん!」という満面の笑みに、抗えるはずもなかった。
(……くそ、ダメだ。こいつら、もう完全に毒されている。ならばせめて俺だけでも、何が起きても仲間を守れるよう警戒しなくては……! たとえこの身が、魔王の餌食になろうとも!)
レクスは悲壮な決意を胸に、腰の剣の感触を確かめた。周囲の能天気な空気とは対照的に、彼一人だけが地獄への片道切符を握るような顔で、魔界への一歩を踏み出す。
かくして、勇者一行は「特等ツアー」という名の、アルバスによる「究極のおもてなし」へと足を踏み出すことになる。
もっとも、決死の覚悟で『地獄』へと向かう勇者が、その先で待ち受けているのが、最初から私欲しか存在しない狂信者による『職権濫用の極致』だとは、夢にも思っていないのだが。
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