第11話 玉座の間の対峙、あるいは歓迎の咆哮
魔王城の最深部、重厚な黒鉄の扉がゆっくりと左右に開かれた。
その先に広がるのは、かつて数多の冒険者が恐怖に震えたとされる『玉座の間』である。
だが、現在のその場所は、アルバスの徹底したプロデュースにより、禍々しくもどこか幻想的な「ディナー・シアター」のような空間へと変貌を遂げていた。
床には深紅の絨毯(※アルバス曰く:敵の鮮血を吸わせるための布)が敷き詰められ、壁には無数のキャンドルが揺らめき、不気味ながらもどこかロマンチックな光を投げかけている。
「……ついに、来たな」
レクスは聖剣を抜き放ち、正面を見据えた。
玉座の上、漆黒の炎を纏ったような圧倒的な威圧感を放ちながら、魔王ヴォルガディスが不敵な笑みを浮かべて座っていた。
「クク……。よくぞ来た, 人間どもの希望よ!」
魔王の地を這うような重低音の響き――それは、魔族たちが古くから用いている『古代魔族語』であった。魔族同士であれば問題なく意思疎通できる言語だが、魔力の波長が根本から異なる人間には、魂を削るような不吉な唸り声にしか聞こえない。
だがその直後、魔王の傍らに立つアルバスは、人間たちの話す『公用語』に切り替え、一切の感情を排した声で口を開いた。
「魔王様は『遠路はるばるようこそお越しくださいました。皆様の到着を心よりお待ちしておりました』と、最上級の歓迎の意を述べられています」
自らの声が「覇者の威厳」として全種族に完璧に響いていると信じ、これまでも水晶球での監視中にアルバスが語る『絶望の翻訳』を盲信してきた魔王ヴォルガディスは、アルバスが我が「死の宣告」をわざわざ人間どもの言語に直してやり、絶望を倍増させているのだと信じ込み、満足げに鼻を鳴らした。
「……えっ?」
レクスの腕が僅かに揺らいだ。耳に届いたのは、本能が警鐘を鳴らすほど不吉な「死の宣告」にしか聞こえない唸り声だ。だというのに、直後に通訳された言葉は、驚くほど温かい「歓迎」であった。
「アルバス、何を……!? 魔王様は今、明らかに俺たちを威嚇して……」
「レクスさん、静かに! 魔王様の『スピーチ』が始まりますよ!」
エリナが目を輝かせ、魔王を敬意に満ちた眼差しで見つめる。その純粋な瞳に当てられたヴォルガディスは、さらに気分を良くし、立ち上がって両手を広げた。
「勇者よ! 貴様らのこれまでの足跡、すべてこの目で見せてもらったぞ! 貴様らが我が魔界で味わった『苦痛(※おもてなし)』を、今ここで完結させてやろうではないか! 我が魔力を全開にした、怒りの咆哮を聞けぇぇぇ!!」
ヴォルガディスが大きく息を吸い込み、魔王城を揺らすほどの凄まじい叫び声を上げた。
「「「「グオォォォォォォォォン!!!」」」」
空気が震え、床の絨毯が波打つほどの衝撃波。レクスは咄嗟にエリナの前に立ちはだかったが、アルバスは眼鏡をキラリと光らせ、流れるような手際で再び人間界の公用語で通訳を被せた。
「『魔界へようこそ!! 心から! 心から歓迎いたします!! ブラボー!!』……魔王様は今、溢れんばかりの情熱を咆哮という形で表現し、皆様を最大級の歓迎の意を持ってお迎えしております」
「……わあぁっ! すごい迫力! なんて情熱的な歓迎パフォーマンスなんでしょう!」
エリナが感動のあまり、パチパチと拍手を送る。
「……芸術的. 声の波形、完璧なビブラート。……演出、楽しみにしてた. ……大満足」
ミラが無表情のまま、その咆哮の「音響効果」に深く頷き、無言でサムズアップを送った。
「カカカ! 流石は魔王様だ、声量だけで腹の虫が鳴りやがるぜ! さあ、スピーチは十分だ、とっとと酒を出してくれ!」
ゴルドも武器を置き、既にテーブルに並べられつつある豪華な銀食器に目を奪われていた。
***
魔王ヴォルガディスは、玉座の上で困惑していた。
「……アルバス。今の我が咆哮、奴らに『世界の終わり』を予感させるに十分な威力だったはずだが……なぜ、あの聖女は笑って手を叩いているのだ? なぜ魔道士は満足げに頷き、戦士はあろうことか『もっとやれ』という顔をしているのだ?」
「魔王様、それこそが精神破壊の最終段階です。私が今、奴らの言語で『これはお前たちの葬送曲だ』と伝えたところ、あまりの恐怖に脳が防衛反応を起こし、奴らは『これは至高の歓迎パフォーマンスだ』と思い込むことで、自らの尊厳を辛うじて保っているのです。……現に、勇者レクスの顔をご覧ください。自分の仲間たちが次々と洗脳されていく様子を目の当たりにし、絶望で震えているではありませんか」
アルバスが指差した先では、レクスが「……おかしいだろ。なんで……なんで誰も, 剣を抜かないんだよ……」と、膝を突いてガタガタと震えていた。
「なるほど! 奴らにとって『死の宣告』を『至高の歓迎』と錯覚させることで、後に救いようのない絶望を味合わせるわけか! どこまでも悪逆非道な計略だぞ、アルバス!」
アルバスは慇懃に頭を下げ、内心では完璧な「初対面」の成立にガッツポーズを五回決めていた。
(……素晴らしい。魔王様の威厳を保ちつつ、エリナ様に『最高のライブパフォーマンス』を提供できた。これで彼女の心の中に、魔王様は「不器用だが一生懸命なエンターテイナー」というイメージが定着したはずだ)
――そう、魔王は純粋バカだった。
そしてアルバスは、もはや捏造通訳の魔術師であった。
***
こうして、史上稀に見る「決戦」という名の「グランドフィナーレ晩餐会」が幕を開けた。
給仕係のスケルトンたちが無音の動作で運び込むのは、魔界最高の食材をピエールが調理したフルコース。
「さあ、勇者一行。……地獄へのカウントダウン(※お食事)を始めるがいい!」
魔王の宣言とともに、エリナの目の前には『深淵のトリュフを添えた魔界牛のロースト』が運ばれてきた。
「……あ、美味しい……! 幸せです、魔王様!」
「クク……。そうか、それほどまでに苦しいか!」
魔王は、聖女の感動の涙を「極限の屈辱による涙」と解釈し、勝利の美酒を煽る。
一方のアルバスは、エリナの笑顔を特等席で眺めながら、自分の「推し活」が魔界の平和(と経済)を完全に守り抜いたことに、至上の悦びを感じていた。
玉座の間には、魔王の笑い声と、勇者一行の楽しげな食器の音が、奇妙に、しかし完璧な調和をもって響き渡っていた。
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