第10話 最終決戦、あるいは豪華晩餐会の前夜
魔王城の目と鼻の先、豪華絢爛な装飾が施された移動式ホテル『魔導自走式・極楽スイート』の客室内。
『強欲の迷宮』での「試練(※買い出し)」を終えた勇者一行は、ふかふかのソファに身を沈め、テーブルに置かれた一枚の美しいカードを見つめていた。
エリナが、客室に戻った際にテーブルの最も目立つ場所に置かれていたその『最終日のご案内』を読み上げた。
「……レクスさん、見てください。明日のスケジュールが届いていますよ!『最終日:魔王陛下とのプレミアム・グリーティング & 友好のグランドフィナーレ晩餐会』ですって!」
実際は、アルバスが部下に命じて、一行が戻る直前に「最も美しく見える角度」で配置させた完璧な通知書である。
「……やっぱりだ。俺の予感は当たっていた。明日はついに、魔王との『決戦(※グリーティング)』なんだな」
レクスは、聖剣の鞘を強く握りしめた。
招待状の時点から、最終日に魔王と対面することは分かっていた。だが、「晩餐会」という名の、おそらくは死の毒を盛った最後の宴が用意されていることに、彼は改めて戦慄を覚えた。
「……ミラ、どう思う。晩餐会なんて、あからさまな罠だろ」
「……楽しみ。メニューに『魔界特産・深淵のトリュフ』の文字。……死ぬ前に食べる価値、ある」
ミラは、しおりに記載された豪華なメニュー表を無表情のまま凝視し、小さく涎を飲み込んだ。
「ミラ、お前……。ゴルド、お前はどうだ」
「おう、レクス. 俺は覚悟ができてるぜ。この『魔王厳選・ヴィンテージ血酒(※最高級赤ワイン)』……! 戦士として、最期にこれほどの美酒に溺れられるなら、魔王に魂を売る価値はあるかもしれん」
「ゴルド、お前まで……っ!!」
レクスは天を仰いだ。仲間たちは完全に、魔王軍が用意した「ツアーの演出」に毒されている。
明日の晩餐会は、魔王が自らの力を誇示し、毒と甘言で勇者を屈服させるための最後の儀式に違いない。レクス一人だけが、明日の「死闘」に向けて、孤独に精神を研ぎ澄ませていた。
***
一方、魔王城。最深部にある作戦会議室。魔王ヴォルガディスは、明日の決戦図を前に、かつてないほど高揚していた。
「クク……。アルバスよ。いよいよ明日だな。あの勇者どもを、我が玉座の前へと引きずり出す日が」
「御意、魔王様。すべては計画通りです」
アルバスは、明日の「晩餐会(※推しとの初ディナー)」の進行表をチェックしながら、冷徹に答えた。
「奴らには、明日の夜が『晩餐会』であると伝えてあります。自らの死を前に、最後の晩餐を楽しんでいるという、この上ない屈辱と絶望を与えるためです。奴らが自ら口にした食事こそが、魔界の経済に取り込まれたという決定的な証。それはもはや、我が軍への『無条件降伏』と同義なのです」
「なるほど! 奴らに最後の自由を与えたふりをして、その実、我が支配の胃袋の中に閉じ込めるというわけか。あえて豪華な食事を与え、それを完食させることで『我が軍の施しなしでは生きられぬ』という事実を魂に刻み込む……。お前はどこまで悪魔的なんだ、アルバス!」
ヴォルガディスは満足げに笑った。アルバスの説明によれば、明日の晩餐会は「勇者のプライドを粉々に砕くための精神的処刑場」なのである。
「……そして魔王様。晩餐会のメインイベント、あなたによる『咆哮(※歓迎のスピーチ)』です。あなたのその圧倒的な魔力を込めた声で、奴らに『世界の終わり』を予感させるのです」
「任せろ! 我が魔力を全開にし、奴らの耳を、心を、絶望で震わせてやろうではないか!」
魔王がドヤ顔で拳を振り上げた、その横で。アルバスの脳内では、また別のシミュレーションが走っていた。
(……完璧だ。魔王様が全力で咆哮すれば、会場の盛り上がりは最高潮に達する。それを私が『魔界へようこそ、心から歓迎する』という慈愛に満ちた言葉に捏造通訳すれば、エリナ様も『迫力満点の歓迎パフォーマンス』と楽しんでくださるはずだ。これで晩餐会は、最高に盛り上がる余興として完成する……!)
さらにアルバスは、明日のために用意した『決戦用鎧(※特注の正装)』の予備を自室で撫でながら、不敵に笑った。
(……さあ、エリナ様。明日の晩餐会こそが、私の推し活の集大成。あなたが最高の笑顔で『ごちそうさまでした』と仰る、その瞬間のためだけに、私は魔界の歴史を塗り替えてみせましょう)
――そう、魔王は純粋バカだった。
そしてアルバスは、もはや後戻りのできない一線を越えた狂信者であった。
***
魔王城の夜が更けていく。明日の「最終決戦」が、魔王にとっては「殺戮の宴」であり、アルバスにとっては「ファンミーティング」であり、勇者レクスにとっては「決死の心中」であることを、誰も知らないまま。
一行を乗せた『極楽スイート』は、静かに、しかし確実に、魔王城の巨大な正門をくぐり抜けていった。
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