第9話 無限の強欲、あるいはショッピングモール
魔王城を目前に控えた断崖絶壁。そこには、かつて数多の冒険者を飲み込んできたとされる『奈落の迷宮』の入り口があった。だが、今のその場所には、黄金の装飾が施された巨大なガラス扉と、魔法の光で鮮やかにライトアップされた看板が掲げられている。
『魔界最大級・免税ギフトセンター:無限の強欲迷宮』
「わあ、見てくださいレクスさん! あそこ、魔王城の入り口がなんだかキラキラしています!」
エリナが声を弾ませる。レクスは、もはや恒例となった「罠への警戒」で眉間に深い皺を刻み、聖剣を半分抜いた状態で入り口を睨みつけた。
「騙されるな、エリナ。あれは魔界の真髄……入った者の精神を狂わせ、二度と外へ出さないという伝説の迷宮かもしれないぞ。……あの輝きは、獲物を誘う提灯アンコウの光と同じだぞ!」
「……いいえ、レクス。あれは、『期間限定・魔界ブランド先行セール』の輝き」
そう言うや否や、ミラはかつてない速度で店内に走り去ってしまった。彼女の魔道士としての直感が、あの中には希少な魔導具や、人間界では手に入らない高級素材が溢れていることを一瞬で悟ったのである。
「おい、ミラ!? 待て!」
レクスが呼び止める間もなく、一行は彼女を追うようにして、吸い込まれるように中へ足を踏み入れることとなった。そこには冷房が完璧に効いた、大理石の床が広がる壮麗な空間があった。
入り口では、翼を丁寧に手入れしたガーゴイルの店員が、優雅な仕草で『魔法のショッピングカート』を差し出している。
そのガーゴイルが「グルル……!」と野太い唸り声を上げると、その首に巻かれた『接客用魔導翻訳機』から、鈴を転がすような美しい案内音声が流れた。
「(ようこそお越しくださいました、お客様。お荷物はこちらのカートへどうぞ。本日は全品三割引きとなっております)」
「……っ、いきなり先制攻撃か! 魔法の拡声器を使ってまで、俺たちの機動力を奪おうというのか!?」
レクスが叫ぶが、エリナはすでにカートを一台手に取り、軽やかな足取りで『魔界限定・ゆるキャラぬいぐるみコーナー』へと吸い込まれた。
「わあぁ! この『ちび魔王様クッション』、手触りが最高です! レクスさん、見てください, このぷにぷに感!」
「……この『古代龍の涙(伝説の魔導触媒)』、人間界の王族でも入手困難。……カートに入れる」
ミラも無表情のまま、次々と高額な魔導アイテムをカートに放り込んでいく。隣ではゴルドが『魔界の珍味・干し肉詰め合わせ(大)』を抱え、「これは旅の保存食として戦略的に重要だ……っ!」と自分に言い訳しながらレジへ向おうとしていた。
***
一方、魔王城・指令室。
「見ろ、アルバス! 勇者一行が、我が『奈落の迷宮』に完全に閉じ込められたぞ! あの聖女め、布人形(※ぬいぐるみ)に絡めとられ、動けなくなっておるではないか!」
ヴォルガディスは、水晶球に映るエリナたちの姿を見て、快哉を叫んだ。
「左様です、魔王様。あれは『重量負荷による進軍妨害策』。入り口のガーゴイルに装着させた『精神汚染機(※接客用翻訳機)』で甘言を囁かせ、奴らは自らの欲望という名の重荷を、自ら進んでカートに積み上げているのです。一度あの迷宮に囚われれば、人間どもは金貨を毟り取られ、荷物の重みで身動きが取れなくなり、最後には破産という名の絶望に沈むのです」
アルバスは、冷徹な軍師の貌で、手元の『本日の売上目標達成グラフ』をチェックしながら答えた。
「なるほど! 奴らの耳に心地よい声を流して油断させ、財産を根こそぎ奪い、さらには荷物を持たせて体力を削るか。あの、強欲の果てに頭を抱えている勇者の姿を見ろ! まさに精神崩壊の極みよな!」
「御意。奴は今、『予算の限界』と『荷物の重量制限』という二重の地獄で苦しんでいるのです」
(※実際、レクスは「もう持てないって言ってるだろ! エリナ、そのデカいぬいぐるみはどうするんだ!? ミラ、その魔石はさっき買ったのと何が違うんだよ!」と、パーティーの財布事情と運搬担当としての限界に絶望しているだけである)
「クク……. あの『強欲の残骸(※お土産)』の山が、奴らを押し潰す重石となるわけだ。これほど狡猾な処刑場があるとはな!」
――そう、魔王は純粋バカだった。
魔王が腹を抱えて笑う横で、アルバスは内心で計算を弾いていた。
(……素晴らしい。エリナ様が手に取られたあの限定クッションは、私が自らデザインを監修したもの。彼女があれを抱いて眠る姿を想像するだけで、今回の追加予算も安いものだ……。おまけに、ミラ様が確保した触媒を使えば、彼女の魔術効率は格段に上がるはず。これで我が推しパーティーの快適度はさらに盤石になる……!)
***
数時間後。迷宮の出口に現れた勇者一行は、全員が山のような紙袋を抱え、疲れ果てた様子で地面に座り込んでいた。
「……終わった。俺たちの旅の軍資金、半分以上がこの『お土産』に変わってしまった……」
レクスは、自分の背中より高い荷物の山を見上げ、呆然と呟いた。魔王を倒すための武器を新調するはずだった金が、なぜか「ご近所へのお配り用魔界クッキー」や「聖女様のナイトウェア(魔界シルク製)」に化けてしまったのである。
「でも、レクスさん! 良い買い物ができましたね。あ、この『魔王城通行手形(※実はただのストラップ)』、お揃いで買いましょう!」
「……もう、勘弁してくれ……」
レクスの抵抗も虚しく、彼の胸元には可愛らしい魔王の顔が描かれたストラップが付けられた。
一行の戦意は、もはや「戦う」ことよりも「この大量の荷物をどうやって実家まで無事に持ち帰るか」という物流の問題へとシフトしていた。
アルバスの狙い通り、勇者たちは魔王城の目前にして、物理的にも精神的にも「パンパン」の状態であった。
魔界はこうして、勇者の軍資金を合法的に吸い上げる、効率的な「外貨獲得機関」へと進化を遂げていたのである。
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