第1話 魔王、知略に震える
すでに、全話予約投稿してあり、短めのお話になります!お楽しみいただけたら幸いです!
魔界の国境付近。
かつては毒々しい岩が転がっていた荒野に、今、異様な光景が広がっていた。魔王軍の精鋭であるはずの工兵大隊が、一列に並んで魔力を練り込み、地面を滑らかに均していたのである。
「……アルバスよ」
漆黒の重鎧を軋ませ、魔王ヴォルガディス・ゲシュタルトが、傍らに立つ参謀の息子――アルバスへと問いかけた。その威圧感溢れる声は、周囲の魔物を震え上がらせるに十分な重みを持っていた。
「なぜ、道を舗装している? ここは魔界の国境だ。敵の足場を悪くし、進軍を遅らせるのが戦術のいろはではないのか? これでは、勇者どもが攻め込みやすくなる一方ではないか」
魔王の至極真っ当な疑問に対し、アルバスは一切の表情を崩さず、眼鏡のブリッジを指先で押し上げた。
「魔王様。これは『加速の罠』です」
「加速の……罠だと?」
アルバスは冷徹な、知略の塊であるかのような眼差しで地平線を指差した。
「左様です。魔界の険しい道は、敵に警戒心を与え、着実なレベル上げの機会を与えてしまいます。ですが、この滑らかな舗装路はどうでしょう? 勇者どもは、その歩きやすさに歓喜し、休息も取らずに全速力でこの城を目指すはず。つまり、彼らに力を蓄える隙を一切与えず、未熟なままこの玉座の前まで引きずり出す。これこそが、戦わずして敵を死地へと誘う、最短の支配ルートなのです」
「…………!!」
魔王は絶句した。
あえて敵に利を与え、その慢心を誘う。力だけで解決しようとしていた自分には、到底思いも寄らぬ深遠な計略であった。
「なるほど……。奴らの足を早め、準備不足のまま我が剣の錆にするというわけか。お前は……お前という男は、なんと恐ろしい男だ、アルバス!」
「身に余る光栄です、魔王様」
アルバスは深々と一礼し、意味ありげに口角を吊り上げた。その「暗い嗤い」を見た魔王は、背筋に心地よい戦慄を覚える。
だが、アルバスの脳内を埋め尽くしていたのは、全く別の感情であった。
(……くくく。これで、聖女エリナ様が馬車酔いする心配はなくなった。彼女の繊細な体質には、この最新の魔力舗装こそが相応しい。砂埃一つ立てさせはしないぞ。彼女が笑顔でこの道を通り、魔界のホスピタリティに感動する姿……ああ、尊い……!!)
アルバスが冷徹な軍師の仮面の下で、推しの聖女への愛を爆発させていたことなど、魔王は知る由もなかった。
***
――時は、一週間前に遡る。
魔王城、玉座の間。魔王ヴォルガディスは、頬杖をつき、重苦しい溜息を吐いていた。
「暇だ……。勇者はどこへ行った。奴らが来ねば、魔界の武力も、ただの置き物ではないか」
勇者が魔王城に辿り着く前に力尽き、あるいは辺境すぎて諦めてしまう現状。魔界は活気を失い、軍事費だけが嵩んで国庫は火の車だった。
そんな中、魔王がもっとも信頼を置く参謀が静かに進み出た。
「魔王様。もしよろしければ、我が息子を登用してはいただけませぬか? 贔屓目抜きにしても奴は賢い。我が一族の歴史の中でも、これほど冷徹かつ深謀遠慮な男はおりませぬ」
参謀に促され、入室してきたのがアルバスだった。彼は魔王の前に膝をつき、淀みのない所作で拝謁した。
「アルバスと申します。魔王様。私を重用していただけるならば、この停滞した魔界を、あなたの『力』が真に輝く舞台へと変えてみせましょう」
「ほう、舞台だと? やってみよ。お前に全軍の予算と指揮権を預ける」
魔王の寛大な(あるいは考え無しの)許可が下りた瞬間、アルバスは顔を伏めたまま、不敵に笑った。
「くく……。ははは……っ!」
その笑い声は、玉座の間を冷たく冷やすような、魔王さえもたじろぐほどの執念に満ちていた。
父である参謀は、それを見て確信した。
(おお、なんと頼もしい。あやつ、早くも人間どもを根絶やしにする究極の殺戮計画を練り上げたか!)
だが、アルバスの本音は違った。
(くく……この時がきたか……人生最大の転機が!! 魔王軍の予算……すなわち公金を使って、聖女エリナ様を公式に、かつ最高の状態でお迎えできる!! これは、究極の推し活の始まりだ!!)
アルバスは、人生の全てを賭けた大事業を前に、法悦に震えていたのである。
――そう、魔王は純粋バカだった。
そしてアルバスは、純粋な狂信者オタクであった。
この日、魔界の、あるいは歴史の歯車が「あらぬ方向」へと回転し始めた。軍事予算が次々と「観光インフラ」へと溶けていく、終わりの始まりであった。
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前作の、
「人間嫌いの私は闇の精霊(上級)に転生しました。~見た目が「黒い毛玉」なので無能と罵られましたが、契約主の孤独な侯爵令嬢と共にレベルアップして毒親たちを断罪します~」
も、よろしくお願いします!こちらはざまぁ系の短いお話です!
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また、初めて執筆した長編の、
「異世界コンサルはじめました。~元ワーホリマーケター、商売知識で成り上がる~」
も、お読みいただけると幸いです!
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