第7話 オーク様1名、ご来店です
【カフェ・あるかでぃあ】の姫系リアルエルフ店員・リリカの人気はうなぎのぼりだった。
ぎこちないながらも丁寧な接客。客一人一人の名前、好物、そして話した内容を完璧に覚える神対応。そして何よりも、その圧倒的な美貌。
とうとうその人気は、一カフェ店員の枠を超えていった。
どこからか流出した彼女の写真は、“リアルエルフのお姫様、秋葉原にて発見!!”という見出しとともに、ネットで大バズりとなった。
【あるかでぃあ】はこれまでにない客の入りを見せており、店長は嬉しい悲鳴が止まらなかった。
一方で、異常な熱を帯びるリリィの人気に、不安の声も上がっていた。
「リリカちゃん、こんなに有名になっちゃって、大丈夫かな。ストーカーとか、心配なんだけど。そもそも、写真だってどこから出てきたのって感じだし……」
「ね、何かあってからじゃ遅いから、リリカちゃん、身内の方とかにきちんと伝えておいた方がいいよ?」
彼女の身を案じてくれるユウカたちに、リリィは感動を覚えていた。
「突然現れた厄介者のリリィを、そこまで思いやってくれるのか。お主ら……本当に、なんと心の清い人間なのじゃ」
目を潤ませるリリィの頭を、ユウカは笑いながら優しく撫でる。
「正直、最初は、困ったちゃんが来たなって思ったけどね? でも、リリカちゃんがいつもがんばってるのみんな分かってるし、もうみんなリリカちゃんのこと大好きだよ」
リリィの美しい瞳からは、今にも涙が溢れんばかりだった。
――マナトにも、ユウカたちにも、恩を受けてばかりじゃ。いつか、返さねばならぬな。
転移魔法でたまたまたどり着いただけの、このアキハバラという街と、それを取り巻く人々に、リリィは祖国に負けるとも劣らない愛情を抱きはじめていた。
◇
帰宅したリリィは、センパイたちの助言どおり、学人に相談した。
「マナト。実は最近……リリィはインターネットで“大バズり”をしているようなのじゃ。ユウカたちには、ストーカーに気をつけろと言われた」
SNSに疎い学人は、そう言われて初めてリリィの身の回りに起こる異常事態を知った。
「何だよこれ、写真まで……! こういう大事なことは早く言えよ、リリィ。……とりあえず明日、【あるかでぃあ】に偵察にいくからな」
生産者の顔をしたり保護者の顔をしたりと、忙しい学人である。
一方で、学人が自分の第二の居場所、【あるかでぃあ】に来てくれることが嬉しかったリリィは、その日、いつもよりご機嫌で眠りについた。
翌日。
リリィが【あるかでぃあ】で働く様子を、学人は呆けた顔で眺めていた。
彼女の人気ぶりは、想像していた以上だった。
時折、テレビ局の取材クルーも現れ、そのたびに店長が残念そうに断っている姿が目に入った。
――俺のリリィが、いつの間にか世界のリリィになっている。
学人は嫉妬にも似た感情を覚えていた。
自分が育てた地下アイドルたちが武道館に立った時ってのは、こんな気持ちなんだろうか。
そんなことをぼんやり考えていた。
それと同時に、きびきびと働くリリィを見て、またニートの自分への嫌悪の情が沸き上がっていたが、意識的にその感情を見て見ぬふりをした。
その次の瞬間である。
バンッ!!という強い音とともに店のドアが乱暴に開かれ、1人の客が現れた。
その客は、見るからに粗暴で、筋骨隆々のごつごつした巨大な体躯に、緑色の肌をしていた。
◇
時は数日前に遡る。
日本を中心にリリィ姫の行方を調査せよ、との命を受けたオーク兵の隊長・バルゾ=トロムは、オークを束ねる参謀・ヴェルザークの開いた界門を通り、日本への潜入に成功していた。
しかし、この世界の言語を理解しないバルゾの調査はここからが困難を極める。
……はずだった。
予想に反して、リリィ姫の手がかりはすぐに見つかった。
なぜか、人間たちが手に持つ長方形の機械には、リリィ姫と思しき女の写真が映し出されていることがしばしばあったのだ。
そのうちの一人からその機械を奪い取ったバルゾは、街ゆく人々にその写真を見せ続けた。
ボディ・ランゲージとは偉大なもので、彼が【あるかでぃあ】を特定するのに、そう時間はかからなかった。
こうして、異世界コンセプトカフェ【あるかでぃあ】に、オーク様1名がご来店する運びとなったのだ。
バンッ!!!
バルゾは乱暴に扉を開け……そして、呆気に取られていた。
そこには、魔女、猫耳獣人、サキュバスと、あらゆる種族がいるではないか。
――ここは、人間という種族のみが暮らす世界と聞いていたが、誤りだったか……?
混乱するバルゾの濁った目は、目の前で立ち尽くす魔女っ子メイドをぎろりと捉えた。
次の瞬間、魔女っ子を守るようにエルフの姫がその前に躍り出てきた。
バルゾがその姿を捉えた時には、もう遅かった。
「Tirno, caita!」 <結界を張れ>
リリィは素早く自らの体の前に手をかざし、鋭い声で呪文を唱えた。
途端、光る壁が店内を覆うように張り巡らされ、バルゾはその外側へと、弾かれるように追いやられた。
息を荒げるリリィは、緊迫した目つきで店内を見渡す。
――誰も傷ついてはいないな。
リリィはほっと安堵のため息をついた。
しかし、気づけば、魔力の消費により、リリィの姿はまた幼く、10歳ほどの容姿へと変貌していた。
バルゾはリリィによって張り巡らされた結界を、二、三度ばんばんと拳で叩いたものの、分が悪いと判断したのか、恨めしげにリリィを睨みつけながらその場を去っていった。
何が起きたか分からない店内の人間たちは、パニック状態だった。
「い、今のバケモノ……何!?!?」
「明らかに人間じゃなかったよね? この光る壁も……どういうこと!?」
「……みなさん、落ち着いて!」
学人は慌てて立ち上がる。
「異世界の香りに誘われて……邪悪なオーク兵が紛れ込んでしまったようですが、ご安心ください! 我らがリリカ姫が、強力な結界魔法により撃退してくれました!!」
芝居がかった口調で、咄嗟にそう取り繕った。
店内はまだざわめいていたが、次第にある程度の落ち着きを取り戻していった。
「お店のイベントってこと……? はぁ、もう心臓に悪いわ〜」
「さすが【あるかでぃあ】、世界観の作り込みに力入れてんなぁ!」
「……いや、でも作り物には見えなかったけどなぁ……」
客たちは口々に感想を述べていたものの、表向きには店は何事もなかったかのように閉められた。
しかし、当然、スタッフたちはそうもいかなかった。
特に、至近距離でバルゾの眼光を浴びたユウカの怯えようはひどく、その日はまともに仕事にならなかった。
「本当に申し訳ない。……あのオークは、リリィを追って異世界から来た者だ。リリィのせいで、皆を危険に晒した。謝っても謝り切れぬ」
突如現れたオーク。呪文と共に現れた光の壁。一瞬にして幼くなったリリィ。
"エルフの魔法大国・アストリアの姫"といういつもの彼女の言葉を、設定と疑う者は、もういなかった。
「これ以上、この店に迷惑はかけられまい。リリィは……リリィは、【あるかでぃあ】が、大好きであった。皆、リリィを受け入れてくれて、本当にありがとう」
リリィの瞳からは今にも涙が溢れてしまいそうだったが、唇を噛み締めて必死にそれを溢すまいとしていた。
【あるかでぃあ】のスタッフに、リリィを責める者などいなかった。
だが、彼女を引き留めることも、誰もできなかった。
「マナト。ユウカが、ひどく怯えておるゆえ、彼女を家まで送ってやってくれ。……リリィは、先に一人で帰宅する」
「リリカちゃん…………」
ユウカもまた、彼女の名前を呼ぶことだけで精一杯だった。
その幼くなった姿に不釣り合いな険しい表情をしたリリィは、バルゾ宛てに異世界の言葉でこう書き残し、店のドアに貼り付けて去っていった。
"Lily Findiër úmë sina sina ná. Úva ata tulë ve maiar."
<リリィ=フィンディールはもう、ここにはいない。二度と現れることもない。>
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