第6話 姫、バイトリーダーに怒られる
異世界は、<天の叡智>を持つ姫君、リリィ=フィンディールの突然の神隠しに、大いに混乱していた。
リリィの読みどおり、目的を失ったオーク軍とエルフ軍の魔界戦争は一時休戦となっていたが、水面下での攻防は依然続いていた。
「その場にいた者の報告と、魔力の痕跡から、リリィ様は転移魔法を使ったものと思われます。……ただ、どこの世界へ転移したかまでは、未だ全く特定できておりません」
玉座の前で膝をつき、ぴんと背筋を立ててそう報告したのは、アストリア王国のリリィ姫直属の従者、フィグ=ヴェルデンである。
緑色の目が特徴のエルフの青年だ。
「やはりそうか……ひとまず、どこかで生きておるというのは朗報だ。魔法に疎いオーク軍の奴らは、いまだなぜ姫が消えたのかの理由も掴めていないだろう。時間的猶予はまだあるが……引き続き調査を頼む」
リリィの父にあたる、アストリア王は威厳のある声でそう言った。
「はっ!!」
フィグは深々と頭を垂れ、王の間を後にした。
「…………リリィ……」
「…………リリィ様……」
王の間から従者が下がった途端、二人は、アストリアの王と従者の顔から、娘を想う父と、愛する姫君を想う青年の顔へと変わっていた。
そして、二人だけではない。
アストリアのすべての民が、リリィ姫の身を案じていた。
しかし、実のところ、アストリア王の推測は、少しだけ外れていた。
確かに、オークは愚鈍で魔法に疎く、彼らだけでは"転移魔法"という答えには辿り着けなかっただろう。
厄介だったのは、オーク軍を操る黒い影である。
そしてその存在を、アストリア王は知らなかった。
「リリィ姫は、転移魔法を使った可能性がある。……私の魔法分析では、地球の……日本という国にいる可能性が高い。日本を中心に、リリィ姫の行方を調査せよ」
「はっ!!ヴェルザーク様!」
オーク兵たちにヴェルザークと呼ばれた男は、無感情に、虚な目で遠くを見つめていた。
◇
――その頃、地球・秋葉原。
異世界の混乱などつゆ知らず、リリィは今日も戦っていた。
相手は、敵軍ではなく”接客”という名の試練である。
「そこの者、注文を述べよ」
「は、はぁ……じゃあこのコーヒーで……」
リリィ、いやリリカに注文を聞かれた客は、萎縮した様子で気まずそうにそう言った。
「……リリカちゃん、何度も言うけど、その接客はダメ。お客様に対して、もう少し下手に出られない? うちのデフォルトは一応”ご主人様”呼びなんだけど」
おそらく似たようなやりとりがこれまで何度もあったのだろう。
またか、という様子で【あるかでぃあ】の先輩・魔女っ娘メイドのユウカが声をかける。
「前にも言ったであろう。リリィはアストリアの王女。民を統べる立場でこそあれ、仕える立場ではない。ユウカは、リリィに王族の矜持を捨てろと言うのか?」
――出たよ、姫設定。
口には出さないが、ユウカは心でため息をついていた。
「店長、なんとかなりませんか? リリカちゃん、卓番もメニューも覚えめっちゃいいのに、肝心の接客が……」
ユウカはスタッフルームに下がりながら店長にそう囁く。
「ま、まあまだ入ったばかりだからね。一旦、ユウカちゃんの接客を見学してもらおうか。 リリカちゃん、こっちこっち」
ユウカはまだ少し不満そうだったが、持ち場に戻るとすぐにメイドモードになっていた。
「わ〜〜ご主人様!! 会いたかったですぅ♡」
「ユウカちゃんに会うためなら何度だって来るよ! 本当にユウカちゃんと話すと癒されるんだよなぁ〜」
ユウカと客が笑顔で盛り上がる様子を、リリィは裏のスタッフルームから眺めていた。
「店長殿。あの方は、ユウカの常連なのだろうか」
「そうだね。もう何年も通ってくれてるよ。あの人だけじゃなく、ユウカちゃんのお客さんは太く長く通ってくれてる人ばかりだよ。……ユウカちゃん、すごく丁寧な接客するから、お客さんも離れないんだよね」
リリィは悔しそうに俯く。
「……リリィが接客した者は、みな強張った顔をする。が、ユウカの客は……みな笑顔で帰っていくのだな。目の前の客一人幸せにできないとは、リリィは……」
休憩中の猫耳少女のサクラとサキュバスのアオイもそれを聞いていた。
「リリカちゃん、お客様にもう少しだけ優しくしても、"王族の矜持"はなくならないと思うよ?」
「そうそう、根はいい子なのに、話し方で誤解されちゃうのもったいないじゃない」
「もう少しだけ、優しく……?」
リリィは何をどうすれば良いのかと思案している。
「ここに来るお客さんって、特別な居場所を求めてきてる人もいるから、"お帰りなさい"って温かく迎えてあげないと」
――特別な居場所。
その言葉が、妙にリリィの胸に刺さった。
浮かんでいたのは、学人の顔だった。
見知らぬ場所に突如降り立ったリリィにとって、学人が居場所となってくれたことがどんなに救いだったか。
「おかえり」と言ってくれる存在がいることが、どれだけ心を穏やかにしてくれたか。
そんなリリィの胸中をよそに、サクラとアオイは続ける。
「呼び方も、”ご主人様”が嫌なら、”お兄様”とかさ……」
リリィは”お兄様”という言葉にぴくりと反応した。
「……それは、だめじゃ。……では、名前で呼ぶのはどうだろうか」
「でも、お客様全員の名前覚えるの大変だよ? ”ご主人様”なら、最悪名前忘れてても誤魔化せるってのもあるし……」
サクラの意見はもっともだが、その点はリリィにとっては問題ではなかった。
「それは大丈夫じゃ。リリィは一度覚えたことは二度と忘れぬ。……あとは、何をすればよい?」
「うーん、やっぱ笑顔かな? 面接に一緒に来てくれてたあのお兄さんに見せてたみたいな可愛い笑顔!」
リリィは先ほどまさに学人の顔を思い浮かべていた手前、少し気恥ずかしい気持ちになった。
◇
そこからしばらくして、【あるかでぃあ】にて。
「マサキ、お帰りなさい。またリリカに会いに来てくれたのか? ……ふふ、礼を言うぞ。いつものものを持ってくるから、ここで待っていてくれ」
「この間話していた仕事は、その後どうなったのじゃ? ゆっくり話を聞かせてくれ。ソウタの好物を用意しよう」
優しく微笑みながら接客をするリリカと、彼女と楽しげに話す男性客たちがいた。
「1卓様、ホットコーヒー、砂糖3つで。4卓様はオムライス、グリーンピース抜き」
リリィは裏に下がりながら、てきぱきとキッチンに指示を出していた。
「いやぁ、リリカちゃん、見違えましたねユウカさん!」
「ほーんと、私が何度言っても変わらなかったのにな……」
ユウカは少し不満げだった。
それを見たリリィは申し訳なさそうに続けた。
「リリィが変われたのは、ユウカの接客を見たおかげなのじゃ。……リリィも、あんな風に皆を笑顔にしたい、誰かの居場所になりたいと思った。<セレスティア・コード>にかまけて先人の助言を聞き入れないなどと……とんだ愚の骨頂であった。すまない、ユウカ」
「せ、セレ……? なんかよくわかんないけど、リリカちゃんが変わってくれたならもういいよ」
ユウカは呆れた顔をしつつも、けらけらと笑った。
「ありがとう。迷惑をかけるが……これからも、リリィにいろんなことを教えてくれ。……センパイ」
リリィは少し照れくさそうに上目遣いで【あるかでぃあ】の先輩たちにそう言った。
その破壊力たるや、すさまじかった。
先輩3人娘は、揃って胸を押さえて悶絶していた。
アキハバラの民がリリィの虜になるのも、そう遠くはなさそうだ。
しかし、そんな平穏を打ち砕く魔の手が静かに近づいていることには、未だ誰も気づいていなかった。
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