第10話 魔法を、創り出す
夜半の逃走劇を終え疲れ果てた二人は、家に着くなり泥のように眠った。
先に目を覚ましたのは、リリィだった。
いまだ大きな寝息を立てて眠りこけている学人を見て、胸がじんわりと熱くなるのを感じた。
ここが、居場所なんだ。ここにいていいんだ。
そう思うと、また目頭に込み上げてくるものがあった。
「マナト、本当にありがとう」
リリィは小さくそう呟いた。
「……そういうの、起きてる時に言ってくれない?」
先ほどまで寝息を立てていたはずの学人は、気付けば薄目を開けてリリィを見つめていた。
「…………! 起きていたのか!」
「今起きたんだよ。で? なんて言ってたんだっけ?」
学人はにやにやと悪戯な笑みを浮かべている。
「………ありがとう、マナト。……でも、もう危ないことはしないでくれ」
リリィは少しだけむくれたが、上目遣いで素直にそう伝えた。
「どういたしまして。……まあ、俺なんかがあんな思い切ったこと出来たのは、自分でびっくりしたな」
学人は頭を掻きながら苦笑する。
「……俺『なんか』などと言うのはやめてくれ。マナトは、リリィのヒーローなのだ」
「でも、俺は……」
「『勇気も学もない』、か? お主はいつもそう卑下するが、……少なくともリリィにとっては、マナトはこのアキハバラで最も勇気ある人間じゃ。今こうしていられるのも、マナトの勇気と機転のおかげにほかならぬ」
リリィは学人の目をじっと見つめている。
そのまっすぐな瞳と言葉は、学人の胸の深く柔らかいところにサクリと刺さった。
少しだけ、変われそうな気がしてきた。
「おう。……RPG知識が役立つなんて、俺のニート人生も無駄ではなかったってことか」
今しがた芽生えた変革の兆しを感じつつも、少し気恥ずかしくなった学人は冗談めかしてそう言った。
すると、リリィは大事なことを思い出したかように、身を乗り出す。
「それなんだが、マナト。"RPG知識"について、もう少し詳しく教えてくれぬか?」
学人は戸惑いながらも説明した。
キャラクターの使う魔法にはいろいろな種類がある。
攻撃魔法、防御魔法、回復魔法など。
攻撃魔法には「属性」があり、モンスターごとに「弱点」や「耐性」がある。
それぞれの魔法の種類とタイミングを考え、コマンドを選択して戦う。
それがRPGである。
その説明を聞いたリリィは、真剣な眼差しでぶつぶつと呟いた。
「なるほど、属性……そして弱点と耐性。そうだとすれば、我らが氷結魔法がオークどもに効かなかったことも頷ける」
「すると、鍵になるのはやはり炎……そして戦略か。ふむ」
あれこれと思案した後、リリィの<天の叡智>は、一つの結論を導き出した。
「よし。リリィは、"火炎魔法"を、創り出すぞ」
魔法を、創り出す。
突飛な発言に、学人は耳を疑った。
「ど、どういうことだ?」
「昨日の様子を見るに、マナトの考えたとおり、やはりオークの弱点は炎属性なのだろう。しかし、アストリアは氷を司るエルフの王国。我々は、炎属性の魔法など一つも知らぬ。……となれば、新しく創り出すほかあるまい」
リリィの目はなぜか爛々と輝いていた。
「そんなことができるのか?」
「わからない。しかし、試すほかあるまい。そのためには、素地となる知識が必要じゃ。」
「知識……?」
「……マナト。お主の"RPG知識"、その持てる全てを、リリィに授けて欲しい」
<天の叡智>を存分に活用するには、インプットが必要だ。
だが、現状、"炎"、そして"火炎魔法"についてリリィが持っている知識はゼロに等しい。
そのため、まずは情報収集をしなくてはならない。
まず炎とは何か。なぜ炎は燃えるのか。
これはリリィであれば化学の教科書や論文を読めば容易く理解できる。
しかし、魔法の部分についてはそうもいかない。
当然、フィクションの魔法をそのまま使うことなどできない。
それでも、魔法の開発ともなれば、少しでも取っ掛かりが欲しい。
フィクションでもなんでも、その種類や傾向をできるだけ多く把握しなければならなかった。
そのために、学人の力が必要だった。
「アストリアは伝統を重んじる種族がゆえ、新魔法の開発など、思いつきもしなかった。しかし、これこそ<天の叡智>に打ってつけの使命! 我が知識のすべてを結集し、必ず成し遂げてみせる」
リリィの瞳は、未来だけを映していた。
そこには、<天の叡智>を呪いと嘆く姫はもういなかった。
◇
残暑も少しずつ和らぎ、秋の始まりの気配が漂いはじめた頃。
その日は、心地よい風が吹いていた。
リリィが火炎魔法の開発に励む中、学人は妙にそわそわしていた。
珍しく日中から外に赴いたかと思えば、帰ってくるなり、何かを隠すようにぎこちない動きをしていた。
「リリィ。……いい感じの入浴剤があったから、今日はゆっくり風呂に入ってくれないか? お湯も、ぬるめにしてあるから」
リリィは湯にも大分慣れ、一人で入浴することができるようになっていたが、学人から敢えてこのように言われるのは初めてだった。
「……? わかった」
意図はよくわからなかったが、特に抗う理由もないため、彼の言う通りにすることにした。
リリィを浴室に送り出しながらも、学人は、ゆっくりだぞ!と繰り返し念押ししてきた。
――よっぽどおすすめの入浴剤なのだろうか?
訝しく感じながらも、リリィはぬるめのお湯をゆっくりと堪能した。
「マナト、上がったぞ」
そう言いながら部屋に戻ったリリィの目に飛び込んできたのは、予想外の、しかしどこか懐かしいものだった。
◇
数週間前。
オークが襲来し、リリィの姿が幼くなるよりも前のことだ。
まだ厳しい暑さが続く中、一日だけ、今日のような、秋を感じさせる涼しい風の吹く日があった。
リリィは、彼女の美しい金髪をその風に靡かせながら、遠くに想いを馳せるような目をしていた。
「リリィ、どうしたんだ?」
「……祖国のことを考えていた。夏が終わり、秋の風が吹き始める日に、アストリアでは、"月氷の祭り"を行うのじゃ。……その風に、少し似ていた」
"月氷の祭り"とは、アストリアの伝統行事らしい。
秋の始まりの日に、来る満月の夜に祈りを捧げるため、月に見立てた丸い氷の中心に魔法で光を灯し、祭壇を彩る。
無数の光が氷の中で揺らめくその景色は、それは神秘的なものだった。
――そして、今。
明かりの落とされた部屋の中で、机の上に並べられた3つの光が氷の中で揺らめいていた。
「これは……"月氷の祭り"……?」
大きく見開かれたリリィの瞳に、その光がゆらゆらと映り込んでいた。
それは、真ん中がくり抜かれた丸い氷の中に立てられた蝋燭の光だった。
「……ほんとはもっとたくさん用意するつもりだったんだ。でも、失敗して、3つしか用意できなかった」
そう言いながら、バツの悪そうな顔でぽりぽりと頰を掻いた。
学人はこの日のためにこっそりと準備を進めていたのだ。
中心の空いた丸い氷は、ウイスキー用の製氷器と、ショットグラスを組み合わせて作った。
しかし、存外うまくいかず、大方は不採用となってしまった。
リリィはその3つの光を無言で見つめている。
「……いや、まあ、アストリアの神秘的な祭壇と比べたら、クソしょぼいと思うけどさ……」
沈黙に居た堪れなくなった学人はボソボソと呟きながらリリィを見た。
彼女は、静かに涙を流していた。
「……こんなに美しい光を見たのは、生まれて初めてじゃ。本当に……」
リリィの声は震えていた。
声が詰まってそれ以上は言えなかった。
そして、学人のサプライズはこれだけではなかった。
「もう一つ、プレゼントがあるんだ」
そう言って取り出されたのは、一枚の色紙だった。
それには、【あるかでぃあ】の面々が笑顔で映る写真と、寄せ書きが貼り付けられていた。
"リリカちゃん、復帰待ってるよ!"
見覚えのあるユウカたちの字を見て、リリィはまた声を詰まらせる。
言葉の代わりに、学人から受け取ったその色紙を、震える手でぎゅっと抱きしめた。
リリィはその夜、眠らなかった。
色紙を胸に抱えたまま、揺らめく蝋燭の光を、それを包む氷が溶けるまで、ずっと眺めていた。
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