第1話 エルフの姫、秋葉原に降り立つ
氷を司るエルフの王国・アストリアの王女、リリィ=フィンディールは、気高く美しい娘だった。
絹のような長い金髪、深い青色の眼、透き通るように白い肌。
しかしながら、彼女がこの世界で“特別な存在”である理由は、その美しさ故でも、高貴な地位故でもなかった。
彼女の持つ唯一無二の宝、<セレスティア・コード>。
それこそが、彼女を至高の存在たらしめていた。
しかしながら、至高のお宝があれば、それを巡って争いが起こる。
それが世の常であり、この世界においてもまた然りであった。
<セレスティア・コード>を奪わんとするオーク軍はアストリア王国に侵攻し、オーク軍対エルフ軍の魔界戦争が勃発した。
エルフの大国アストリアは、高い魔法技術を誇る国であったが、元来平和を愛する非好戦的な種族であったことが災いし、粗暴なオーク軍に対しては劣勢を強いられていた。
――そんな、争いの最中。
ついに、野蛮なオーク兵の刃は、リリィ姫の喉元を捉えていた。
追い詰められたリリィは、息を荒げながら、片手を体の前にかざしながら呪文を唱える。
「Lossë, nauva ramba」
すると、彼女の前には、彼女を守るかのごとく薄い氷壁が現れた。
オーク兵は少し後ずさりをしたものの、すぐに体勢を戻し、禍々しい槍でいとも簡単にその氷壁を破壊した。
障壁がなくなるや、オーク兵はそのごつごつとした緑色の手で、リリィの纏う淡い水色のローブを乱暴に掴んだ。
リリィは絶体絶命の危機に、自らの呼吸と鼓動がますます乱れるのを感じていた。
オーク兵に課されていた勅命は“リリィ姫の生け捕り”。
――観念しな、リリィ姫。
そう言わんばかりに、オーク兵はにたりと邪悪な笑みを浮かべた。
しかし、次の瞬間、リリィは残った魔力のすべてを込めた右手を自身の胸に当て、先ほどとは異なる呪文を唱えていた。
「Vanwë arda, lelya!」
か細いその声が発されたと同時に、眩い光が彼女の身体を包んだ。
オーク兵も思わずその光に目が眩んだ。
――そして次に彼が目を開けた時には、その手に掴んでいたはずの姫は、彼女のローブ諸共、忽然とその姿を消していたのであった。
◇
リリィは、脳を揺さぶられるようなぐるんぐるんという感覚の中で、自分の身体がどこかへ飛ばされるのを感じていた。
そしてついに、彼女の身体は地面に打ち付けられた。
――どこかへ、着いたのだろう。
リリィはゆっくり目を開く。
彼女の目に入ったその場所は、見慣れたアストリアの街並みとは似ても似つかない都市だった。
長方形の建物が立ち並び、見知らぬ文字がでかでかと掲げられた看板や、デフォルメされた女性の姿や何かのキャラクターのようなもののパネルが至る所に置いてある。
地面は土ではなく黒く固い岩のようなものでできていて、なぜかところどころに白い縞模様も入っているようだ。
周囲を見渡せば、まるでリリィを取り囲むかのように、遠巻きに彼女を眺める人だかりができていた。
――ここはどこ?
「Mani sina ná?」
リリィは彼女の世界の言葉を呟くが、それに応える者はいない。
彼女の手足は震え、その身に纏う美しい光沢のあるローブは、オーク兵の醜い手によって見る影もなく汚されていた。
「……なにあれ?迷子?」
「さあ。コスプレばっちりだし、近くに親がいるんじゃね?」
「てかなんか汚れてるし、近づかない方がいいって」
「やばー、ロリエルフ、珍しいし写真撮っちゃお」
群衆は、片手に持った長方形の機械をリリィに向けて何やらパシャパシャと音を立てている。
リリィにはそれが何の行為か分からなかったが、そこはかとない嫌悪感と恐怖心が湧き上がってくるのを感じた。
なんとか立ち上がってその場から逃げ去ろうとしたが、彼女はそこで初めて違和感を覚えた。
立ち上がった状態で改めて群衆に目をやると、……全員が、リリィの1.5倍はあろうかという長身だった。
――巨人の国に来てしまったのだろうか。ならばなおさら、早く逃げなければ。
そうして一歩足を踏み出すと、更なる違和感が襲ってきた。
ローブが地面を引き摺っていた。
リリィの纏う淡い水色のローブは、彼女の成人の儀に際して、父であるアストリア王から賜ったものである。
彼女の背丈に合わせ、彼女のためだけに仕立てられたそのローブが、床に引き摺られることなど、有り得なかった。
そこでようやく、リリィは自らの身体を改めてじっくりと観察し、そして気づいた。
――小さい。手も足も。身体すべてが。
つい先日成人の儀を終えたはずの彼女の身体は、5歳児ほどの幼女の姿へと変貌していたのだった。
――まさか、転移魔法の反動か。
彼女は最後にオーク兵と対峙していた瞬間を思い返していた。
あの時彼女が唱えた魔法は、転移魔法。別の世界へと自身を飛ばす魔法だった。
その魔法の使用に強大な魔力が消費されることは覚悟の上だった……が、幼女化してしまうなんて、さすがに聞いていない。
「Á auta tenyë...」
途方に暮れたリリィは周囲に助けを求めるが、群衆は、謎の言語を発する彼女を、依然好奇の目で遠巻きに見つめるだけであった。
その時。
言葉も通じずに項垂れるリリィの目の端に、動く影が映りこんだ。
影は、群衆の中からひょっこりと飛び出して、リリィの方に向かってくる。
それは、目の下にクマを拵え、だぼっとした服を着た、だらしなさそうな男だった。
が、彼女にとっては救世主にほかならなかった。
「だ、大丈夫……ですか……?」
遠慮がちに声をかけながら手を差し伸べるその男は、だらしない風貌にそぐわず、存外綺麗な瞳をしていた。
――言葉は分からない。……だが、この男に、ついていこう。
高貴なるアストリアの王女として、自らの審美眼に自信と誇りを持っていたリリィの決断は早かった。
彼女は差し伸べられたその男の腕に、ぎゅっと強く抱きついた。
茹だるように熱い夏の日。
星は地球、国は日本、都市は秋葉原。
エルフの姫・リリィ=フィンディールと、この男・結城学人の出会いであった。
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