the apple of my eye
突然だが、俺は前世がある。
今日朝食に大好物の甘いスクランブルエッグではなく目玉焼きが出た時、軽くショックを受けたのをきっかけに思い出した。
隠しておく必要もないため、婚約者に打ち明けたところ、
「そうなんですの」
だ、そうだ。軽っ。
「前世をお持ちの方が学園にもちらほらいましてよ。ほら、前にお話ししたでしょう?あなたの隣のクラスのマルフィ伯爵家のマリー様とか」
ああ、そう言えば、彼女の前世はニホンに住むオーエルという人物だったという話を婚約者から聞いた記憶が……。
確か付き合っていた相手に浮気されていたのに気付き、やけ食いでパンを口に詰め込んでいたら喉につまってしまい、気付いたら何故かこの世界に生まれ変わっていたって言ってたな。
「まったく、わたくしのお話しをすぐに忘れるんですから」
何故か俺が怒られる始末。想像してた方向と違う。
「それで」
「ん?」
「あなたは前世、何をしていたの?」
「……うーん、まあ、なんと言えばいいのか迷うんだが」
「……言いにくい事をしていらしたのかしら?」
「してないぞ。断じて法に触れるようなことはしていない」
「『ようなことは』ですか……。ということは、グレーなことには手を染めていて?例えば、マリー様が前世お付き合いしていた方のようなことを」
「おい待て何故そうなる」
「先にお伝えしておきますが、それがニホンとやらでは法に触れなくても、わたくしは許しませんわよ」
「しないぞ、そもそも前世もそんなことはしていない」
「冗談ですわ」
「その顔で言われると冗談に聞こえん」
真顔でシラっと言っているが、きっと本当は本気で疑っている。その証拠に、今もなお俺から目を離さない。
丸く実をつける果実のようなこの瞳は、いつも瑞々しい光を放っているようだ。
この紅い目に見つめられると、腐ったり堕ちたりしないような自分でいようと、思う。
「それで、話を戻しますが、あなたはニホンで何をされてたの?」
「ああ、もう誤解されたくないからはっきり言うが、俺は前世ニホンにいないぞ」
「え?」
「最近、どこかしらのタイミングで体がムズムズするようなことが多いなとは思ってたんだ」
だから今日の朝食で思い出すとは、自分でも予想外だった。
「俺は『魔界』というところで、『狼男』として生きていた」
「――は」
「まあ多少、ずる賢く生きていたのは認めるよ」
生きるためだ、あんなことやこんなことも、仕方なしだよな。
︎︎☾*。︎︎☾*。︎︎☾*。
「自分でもびっくりしたんだ、目玉焼きが前世を思い出すきっかけになるなんて」
「満月に見えたということね。狼男って、満月を見ると狼に変身するっていうのは、幼い頃絵本で読んだことがあるけれど、本当なの?」
「本当だよ。だからだよ、最近丸いものを見ると、なんだか違和感があったんだが、変身したくてもできないことに無意識のうちに体が疼いていたんだろうな」
「まあ、そうだったのね。知っていたら何か力になれてたかしら。今も狼になれなくて苦しいときがある?」
「ああ、今は丸いもの全てに反応してしまって、なんだか変な感じだ」
「そう、分かったわ」
「――?分かったってなにが、っておい!?」
「苦しいのなら、今ここでわたくしがオオカミにしてさしあげますわ」
「おい、待て。意味がちが、なぜ服を脱ぐ。おいやめろ!やめ、たすけて!!!」
この瑞々しく可愛らしい毒リンゴがそばにいる限り、俺が堕ちるのは時間の問題かもしれない。