メデューサヘアー
井藤夏子は、ごく普通の毛量が多い人である。
毎日ばりょばりょブラッシングをし、毎日ヘアボリュームダウンムースを塗りたくる、齢19の毛量が多い人である。
今日も今日とて、リビングで毛先をねじって枝毛をカットしまくり神経質な祖母に怒鳴られたあと、行きつけのコンビニでわかめスープとカット済みバターを買って家路についていた―――のだが。
キイィイ!!キ――――イイイイイイイ!!!
ドガ――――――――――――ん!!
ぐわしゃぁああ!!
ぶちゅ。
真っ白な空間。
井藤夏子の魂と…、女神が対面している。
「井藤夏子さん、あなたは気の毒ですが人生を終えてしまいました。転生してもらいます」
「はあ」
「あなたにはチートをお一つ差し上げます。ステータスをご確認ください」
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井藤夏子(19)
レベル3
称号:転生者
保有スキル:メデューサヘアー
HP:18
MP:21
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「というわけで、いきなりさあ、草原に放り出すとかさあ!」
べよん、べよん。
水色の、ぶよぶよした丸い塊が…毛量の多い人の前に現れた!
「スライムだ!うわ、ホンモノキモっ!」
ややうろたえる、毛量の多い人。
「あ、保有スキル試してみよ!《メデューサヘアー》?なに、もしかして毛で攻撃するやつ?」
うぞ、うぞ、うね、うね!
毛量の多い人の髪の毛が不気味に蠢き出した!
「やだ~ナニコレ!自動追撃タイプ?よし、我が毛よ!スライムを倒せー!」
ボサボッサー!
毛量の多い人の髪の毛が6つくらいの束になっておのおのスライムをしばき始めた!
ずびっちゃ!
ぶちゃ!
べちょ!
スライムに5のダメージ!
スライムに9のダメージ!
スライムに3のダメージ!
「よ~し、スライムの急所をみんなで貫け!」
ズババババババ!
スライムにクリティカルヒット!
スライムは倒れた!
ちゃらららっちゃらーん!
毛量の多い人はレベルが上がっ
「ぎゃあああアアア!」
毛細管現象でスライムの毒が頭皮に届いてしまった毛量の多い人は絶命した。
「う、うーん???なんか夢でも見ていたような??」
毛量の多い人は時間を巻き戻されて、コンビニの入り口前に立っていた。
コンビニの入り口で立ち止まる前に、ちょっとだけ時空がゆがんだのだが…、それに気づく様子はない。
毛量の多い人はコンビニでわかめスープとカット済みバターを買って家路についた。
家の近くの交差点で、車の暴走事故が発生していた。
「うわっ!もうちょっと早く通りかかってたらヤバかった…まあ、頭部は守られたかもだけど!」
毛量の多い人は、己の毛髪に対するストレスが溜まりに溜まりブチギレて丸坊主にしたら思いの外快適であることに気がつき、長くベリーショートで過ごしたあとふと髪の毛を伸ばしてみようという気になりましたが、老いてなお皮膚に突き刺さる頑強さと獣の毛と見間違わんばかりのぶっとい存在感に意気消沈し、長いゆるふわヘアに憧れを抱いたまま、来世はヘアドネーションにチャレンジしたいと願いつつ角刈りヘアーで80歳の人生を終えたとのことです。