聖なる乙女
花村撫子は、ごく普通の聖女経験者である。
毎日異世界を救った功績を微塵も思い出すことなく、毎日平々凡々に日常を過ごす、齢19の聖女経験者である。
今日も今日とて、異世界転生もの小説を読んで自分が聖女になったらこんなすごいことはできないだろうなあという感想を持ったあと、行きつけのコンビニで月間異世界LOVE~悪役令嬢の憂鬱なため息編~とお徳用カルパスを買って家路についていた―――のだが。
キイィイーッ!!キイイイイイイイ!!!
ドガ――――――――――――ん!!
ぐわしゃぁああ!!
ぶちゅ。
真っ白な空間。
花村撫子の魂と…、女神が対面している。
「花村撫子さん、あなたは気の毒ですが人生を終えてしまいました。転生してもらいます」
「えっ?!」
「あなたにはチートをお一つ差し上げます。ステータスをご確認ください。」
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花村撫子(19)
レベル5
称号:転生者
保有スキル:聖なる乙女
HP:8
MP:8/10225401
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「というわけで、いきなり草原に…きちゃった……」
べよん、べよん。
水色の、ぶよぶよした丸い塊が…聖女経験者の前に現れた!
「スライム…だよね…?いいモンスターだったら助かるんだけどな…」
願うような気持ちで様子をうかがう、聖女経験者。
「あっ、保有スキルがあれば、なんとか?《聖なる乙女?》って…私が?!」
フォーンふぁっ!!
聖女経験者がかつて異世界で譲渡した魔力が戻ってきたぞ!
「え、ナニ…この力?スゴイ…なんか、あふれてる…満たされていく??あの、私に、できること、ある…?」
スライムは、謎の魔力枯渇病に苦しむモンスターの集落がある事を告げてみた。
膨大な魔力があるおかげで自動通訳機能まで発動された模様…なんというご都合展開、だがそれがいい!
「そっか、じゃあ…私の魔力、全部あげてみるね」
クソ領主に召喚されて唆された頭の悪い勇者が組みあげた、魔力永久搾取結界の陣が破壊された!
みるみる魔力を取り戻し、元気になっていく集落の面々!
聖女経験者は救国の聖女として祭り上げられそうになったが、元の世界に帰って平凡に暮らしたいという願いをかなえるため、スライムにまる飲みしてもらったという。
なお、かつて聖女経験者を小ずるいやり方でハメて全魔力を奪ったのちシレッと元の世界に送り返したとある異世界の辺境伯が、膨大な魔力を失い没落した事は別の話である。
「う、うーん???なんか夢でも見ていたような??」
聖女経験者は、時間を巻き戻されてコンビニの入り口前に立っていた。
コンビニの入り口で立ち止まる前に、ちょっとだけ時空がゆがんだのだが…、それに気づく様子はない。
聖女経験者はコンビニで月間異世界LOVE~悪役令嬢の憂鬱なため息編~とお徳用カルパスを買って家路についた。
家の近くの交差点で、車の暴走事故が発生していた。
「ケガとか大丈夫だったのかな…」
聖女経験者は、趣味の読書に月5万もぶっ込んでショボい食生活を送りがちではあったものの充実した日々を過ごし、周りに過不足のない愛を配りながら穏やかに年を重ね、温かい家庭を築いて幸せな人生を送ったのち98歳で生涯を閉じたのですが、老いた体から魂が浮かんだその瞬間異世界を管理する神々が押し寄せてんやわんやになったのち、先に天国に来ていた愛する旦那さんの手を取って一緒に生まれていったとのことです。




