メシマズ
岡崎三枝は、ごく普通の料理下手である。
毎日米を炊くのを微妙に失敗し、毎日のように食材に焼肉のタレをかけてごまかす、齢22の料理下手である。
今日も今日とて、彼氏に生焼けのホットケーキを食べさせておなかを壊させたあと、行きつけのコンビニでおかゆとボカリスエッツを買って家路についていた―――のだが。
キィイ!!キキキキキ――――!!!
ドガ――――――――――――ん!!
ぐわしゃぁああ!!
ぶちゅ。
真っ白な空間。
岡崎三枝の魂と…、女神が対面している。
「岡崎三枝さん、あなたは気の毒ですが人生を終えてしまいました。転生してもらいます」
「はあ」
「あなたにはチートをお一つ差し上げます。ステータスをご確認ください」
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岡崎三枝(22)
レベル7
称号:転生者
保有スキル:メシマズ
HP:16
MP:21
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「というわけで、いきなり草原に放り出すのはひどい…もっとこう、気遣い欲しくね?」
べよん、べよん。
水色の、ぶよぶよした丸い塊が…料理下手の前に現れた!
「スライムだ!武器も何も…ないよ?!」
うろたえる、料理下手。
「そうだ、保有スキル試したら助かりそう?!《メシマズ》…って!!!なんでそういう事言うの?!一生懸命作ってるのに…ひどい!!!」
うばほん!
草原のど真ん中に、アイランド型のキッチンが出てきたぞ!!
どでかい冷蔵庫にはあらゆる食材がわんさか詰まっている!!!
コンロは三ツ口、大型オーブンに電子レンジ、フライヤーに電気ポッド、トースター、ミキサー、包丁に粉振るい機、ボウル…あらゆる料理用品・器具がそろっているから、何でも作れそうだ!!
「よーし!とびきり美味しいもの作ってやるっ!!」
スライムはどんな美味しい異世界料理が食べられるんだろうとワクワクしている!!
皮付きのまま豪快にカットされた野菜を寸胴なべにぼちゃぼちゃ入れ、調味料と固形ルーをぶっこみ火をかけた料理下手。
強火で一気に煮立てていたが、メインのベーコンを入れ忘れたことに気が付いて慌てて投入し、余熱で火を通そうと思いコンロからおろした。
たっぷりオリーブオイルを入れたフライパンに卵を割り入れ、ぱさぱさになるまで炒めたのち冷ご飯を投入し、全体的に混ざったらひき肉(生)を入れてさらに炒めてチャーハンを完成させた…と思ったら塩コショウを忘れていた事に気が付きレトルトカレーをかけて誤魔化した。
『米はあまり研がない方が風味が感じられていい』というテレビのコメンテーターの言葉通りサッと水通しをした米を炊飯ジャーにセットしてスイッチを入れた料理下手は、異世界のジャーがちゃんと動いているか心配になって何度もふたを開けて確認しながら他の料理を作っている!
バニラアイスに刻んだイチジクとイチゴジャム、ヨーグルトを混ぜ込み、器に盛って豪快に刻んだ板チョコをトッピングしてミントの葉を飾った!
電動ポットに水とふたつかみの緑茶の葉っぱを入れ二回沸騰させて作った濃いお茶をハチミツ入りのマグカップに注いで冷たいミルクを注ぎ、生ぬるい飲み物を完成させて添えた!
「自信作よ!!召し上がれ!!」
スライムはテーブルに並んだメニューをいただいてみることにした。
まだら模様のシチューは歯ごたえを残した具材がいいアクセントとなっていて、するすると飲めるあっさり風味…ウマい。
白い粒々は若干シノビアリの卵の食感を感じる…歯ごたえがいい。
ザザの木の風味がするベタベタの汁は甘くてうまい、ゴクゴク飲めるくせにのど越しがザワザワしていてこんな食感初めてだ…。
おかしな飲み物は底にドロッとした甘いのがたまってて、舌をのばして舐らなければならないという工夫が面白い……。
こんなうまいものを作る料理人…さぞかし美味いに違いない。
食べ足りなかったスライムは、鼻歌交じりで小麦粉を練り始めた料理下手を一口で捕食した。
なお、草原に残された食材はすべてスライムが美味しくいただいた。
放置されたキッチングッズなどなどはたまたま通りかかった商人のキャラバン隊に収容され、299日かけてすべて売り払われたという。
「う、うーん???なんか夢でも見ていたような??」
料理下手は時間を巻き戻されて、コンビニの入り口に立っていた。
コンビニの入り口のところで立ち止まる前に、ちょっとだけ時空がゆがんだのだが…、それに気づく様子はない。
料理下手はコンビニでおかゆとボカリスエッツを買って家路についた。
家の近くの交差点で、車の暴走事故が発生していた。
「こわぁ…、もうちょっと早く通りかかってたら、ゆう君が飢えちゃうところだったかも…」
料理下手は、しょっちゅう彼氏に腹痛をもたらしながら料理の腕を磨いていましたが、結婚してからは料理がしたいという旦那の希望を聞いてあげる事にし、食べる方優先で温かい家庭を築き、ごくまれに体調を崩した家族のためにお粥を作っては悪化させるというハプニングもありつつ、寿司職人になった息子やショコラティエになった娘、農家に嫁いだ娘に食品加工工場に勤めた息子たちから美味しいものをたくさん食べさせてもらいながら身を肥やし、82歳でこの世を去ったそうです。




