梅酒のシーズン、キター!
堀川夢子は、ごく普通の梅酒づくりの名人である。
毎日去年漬けた梅酒を飲み、毎日シンク下にずらっと並ぶ梅酒の瓶を見てフフッと笑う、齢33の梅酒づくりの名人である。
今日も今日とて、無脂肪ヨーグルトにお手製の梅ジャムを混ぜていただいたあと、行きつけのコンビニでスライスチーズとたら松葉を買って家路についていた―――のだが。
キキキュッ!!キ――――!!!
ドガ――――――――――――ん!!
ぐわしゃぁああ!!
ぶちゅ。
真っ白な空間。
堀川夢子の魂と…、女神が対面している。
「堀川夢子さん、あなたは気の毒ですが人生を終えてしまいました。転生してもらいます」
「はあ?」
「あなたにはチートをお一つ差し上げます。ステータスをご確認ください」
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堀川夢子(33)
レベル8
称号:転生者
保有スキル:梅酒のシーズン、キター!
HP:60
MP:16
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「というわけで、いきなり草原?!めっちゃ…雑!!!」
べよん、べよん。
水色の、ぶよぶよした丸い塊が…梅酒づくりの名人の前に現れた!
「うわっ?!スライム?!武器も何もないけど、戦わないといけない感じ?!勘弁してー!!」
うろたえる、梅酒づくりの名人。
スライムは、いまにも襲いかかろうとしている!
「く…、そうだ!保有スキルもらったじゃん!!《梅酒のシーズン、キター!》って、何それ!!今何月設定なの?!」
うばほん!!!
紀州産の大粒の青梅がわんさか出てきたぞ!!!
煮沸消毒済みの保存瓶、ホワイトリカー、氷砂糖、布巾、キッチンペーパー、竹串なんかもずらっと並んでいる!!!
天然の湧水が出る蛇口が完備された作業台まで用意されて…至れり尽くせりだ!!
「うわー!!梅の良いニオイ!!これ絶対に美味しく漬かるやつじゃん!!」
梅の芳香にメロメロになったスライムは、興味津々で様子をうかがい始めた!!
「なになに、興味あるの? じゃあね、基本的な梅酒の作り方見せてあげる!!」
手際よく梅を水洗いし、一個ずつ布巾で優しく拭いて水気をとり、竹串を使って丁寧にへたをとり、保存瓶に梅と氷砂糖を交互に入れ、ホワイトリカーを静かに注いでふたをキュッと締めた梅酒づくりの名人。
「来年になったら美味しく飲めるからね!」
ええ?!すぐに飲めないの?!
しょぼんとしたスライム。
「ふふふ…去年漬けたやつ、飲む? めっちゃおいしいよ!!」
うばほん!!!
梅酒づくりの名人が去年仕込んだ梅酒の瓶が出てきた!!
氷にグラス、梅酒に合うおつまみなんかもわんさか出てきたぞ!!!
「はーい、カンパーイ♡今日は飲むぞ~!」
楽しく酒盛りをはじめた梅酒づくりの名人とスライム。
六回目の乾杯までは陽気な酒だったのだが…、酔いが回ったせいでお互い気遣いが無くなってきたぞ!!
目玉焼きに何をかけるかで対立したスライムと梅酒づくりの名人は、さっきまでのマブダチ宣言が嘘のように大喧嘩をはじめた。
お前のかーちゃんでべそと言われてムカついたスライムは、怒りのままに梅酒づくりの名人をまる飲みし、後片付けもせずに千鳥足で草原の向こうに消えた。
なお、草原に残された漬けたての梅酒は、酒呑童子、豆狸、バッカス、ニンカシ、ドワーフ族の長で山分けにされたという。
「う、うーん???なんか夢でも見ていたような??」
梅酒づくりの名人は時間を巻き戻されて、コンビニの入り口前に立っていた。
コンビニの入り口で立ち止まる前に、ちょっとだけ時空がゆがんだのだが…、それに気づく様子はない。
梅酒づくりの名人は、コンビニでスライスチーズとたら松葉を買って家路についた。
家の近くの交差点で、車の暴走事故が発生していた。
「もう少し早く通りかかってたら、梅酒を飲み切れずに天国行きだった可能性!!コワー!!!」
梅酒づくりの名人は、毎日晩酌できるようキッチリ計算して梅酒を飲んでいたのですが、図々しいはとこに襲撃されて予定外に消費してしまい、その穴を埋めるべく美味しい酒を求めて飲み比べマルシェに出向いたところ酒蔵の跡取りと意気投合して一族の仲間入りをすることになり、数々の名酒を世に生み出したのち、108歳でこの世を去ったとのことです。
なお、長生きの秘訣は何ですかと聞かれた際は、「毎日一合の酒を飲むことです」と答えていたそうです。




