高望みはしません、優しい人であればそれだけで御の字です
吉田綾子は、ごく普通の婚活女性である。
毎日身だしなみに気を使い、毎日恋愛小説を読んでジーンとしていた頃を思い出す、齢45の婚活女性である。
今日も今日とて、マッチングイベントの参加者の中で一番若く見えるのに誰にも選んでもらえず一人さびしく会場を出たあと、行きつけのコンビニでニューチューバーの一番くじを買い占め両手に大荷物を抱えながら家路についていた―――のだが。
キイッ!!キキキキキキキキ!!!
ドガ――――――――――――ん!!
ぐわしゃぁああ!!
ぶちゅ。
真っ白な空間。
吉田綾子の魂と…、女神が対面している。
「吉田綾子さん、あなたは気の毒ですが人生を終えてしまいました。転生してもらいます」
「はあ」
「あなたにはチートをお一つ差し上げます。ステータスをご確認ください。」
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吉田綾子(45)
レベル40
称号:転生者
保有スキル:高望みはしません、優しい人であればそれだけで御の字です
HP:30
MP:45
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「というわけで、いきなり草原に放り出された…。私、ここで一人で生きて行かなきゃいけないの…?」
べよん、べよん。
水色の、ぶよぶよした丸い塊が…婚活女性の前に現れた!
「スライム…もしかしたら、男性だったり、する…?」
うろたえない、婚活女性。
「保有スキルで意思の疎通を…って《高望みはしません、優しい人であればそれだけで御の字です?》それはまあ、確かにそうだけど、この場合どうなんだろ」
婚活女性を観察していたスライムは、この人だったら大丈夫そうだなと思って、縁がないと日ごろからぼやいているとってもやさしい鬼さんを召喚した!
うばほん!!
厳つい姿に長すぎる八重歯、尖った耳にモサモサの腕毛を風になびかせる鬼さんが出てきたぞ!!
婚活女性は一瞬ビビりはしたものの…小さな目の奥が優しく光っていることに気が付き、胸に抱えた真っ赤な薔薇をテレた表情で差し出した鬼さんに好感を持って、とりあえずお友達から始めることにした。
親交を深め、愛が芽生え、共に暮らすようになったものの、食の好みが合わずお別れすることになった女性は、もう二度と恋なんかしないと誓って鬼の里を出た。
王都に向かう途中でイケメンに声をかけられた婚活女性が新しい恋の予感にウキウキした次の瞬間、みぐるみを剥がされ打ち捨てられた。
どうしても婚活女性のことを諦められずに追ってきた鬼さんは、そっと亡骸を抱きしめたのち見晴らしのいい丘の上に埋葬し、その足で窃盗団のアジトに向かい壊滅させたという。
なお、激しく損壊した悪党どもはスライムがキッチリ消化したらしい。
「う、うーん???なんか夢でも見ていたような??」
婚活女性は時間を巻き戻されて、コンビニの入り口前に立っていた。
コンビニの入り口で立ち止まる前に、ちょっとだけ時空がゆがんだのだが…、それに気づく様子はない。
婚活女性は、コンビニでニューチューバーの一番くじを買い占め、両手に大荷物を抱えながら家路についた。
家の近くの交差点で、車の暴走事故が発生していた。
「車の運転は気を付けないとね…、もう少し早くここを通りかかってたら、巻きこまれてたかも」
婚活女性は、たまたま参加したマッチングイベントでテレビ番組で見たことがある人を発見し、積極的に声をかけてご縁をつないだもののメシマズ認定をされてフラれてしまい、深く傷ついてやけくそになり65歳の男性と交際を始めたのですが、介護要員としてしか思われていないことに気付きつつそれでもいいから一人ぼっちにはなりたくないという思いでお世話を続けていたところ息子から愛の告白を受け、遅い結婚をし、出産もして、娘が授かり婚をした年の暮れに孫に会いたかったなあと思いながら76歳でこの世を去ったそうです。
なお、娘が出産した年のとある真夏日に、孫をうちわであおいでいる半透明の姿を目撃されたとのことです。




