盆踊り
松本道子は、ごく普通の踊りの先生である。
毎日着物に着替えて、毎日生徒さん達に厳しい指導をする、齢68の踊りの先生である。
今日も今日とて、来年の盆踊りでパラパラコーナーを設けるという意見を聞きそんなの入れ込む時間ないでしょと一蹴したあと、行きつけのコンビニでUピンとデボンスターチョコを買って家路についていた―――のだが。
キイィッ!!キキキキキ――――!!!
ドガ――――――――――――ん!!
ぐわしゃぁああ!!
ぶちゅ。
真っ白な空間。
松本道子の魂と…、女神が対面している。
「松本道子さん、あなたは気の毒ですが人生を終えてしまいました。転生してもらいます」
「はあ?!」
「あなたにはチートをお一つ差し上げます。ステータスをご確認ください」
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松本道子(68)
レベル64
称号:転生者
保有スキル:盆踊り
HP:8
MP:32
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「ちょっと!!!困るじゃない!!!」
べよん、べよん。
水色の、ぶよぶよした丸い塊が…踊りの先生の前に現れた!
「何この…おかしなものは?!…って、その優雅な揺らぎ…所作の美しさを感じる…これは、いったい…」
うろたえつつも観察を欠かさない、踊りの先生。
「…そうだ、保有スキルをいただいたのだったわね、こちらも確認しておきましょう…《盆踊り?》ここで??」
うばほん!!
令和7年8/9に行われた駅前商店街の盆踊りの櫓が出てきた!!
提灯はすべて点灯済み、音響設備もバッチリ、太鼓も準備してあるぞ!!
どこかからぞろぞろと揃いの浴衣を着たご婦人たちが集まってきた…よく見るとアラクネの皆さんだ!
~♪
この曲は…一発目に踊るのに持って来いのノリがいい曲ナンバーワン、「たわしマモノ節」だ!!
《ハイ!!みんな元気よく行くよー!》
ピンマイクを装備した踊りの先生の凛とした指導の声が草原に響く!!
《そこでくるりと一回転!ハイ!ソーレ、よいしょ、ヨイショ!!》
スライムは踊りの先生の声に合わせて身体をきびきびと動かしている!
ナニコレ、めっちゃ楽し~!!
《見てる人ー、みんな入っておいで~!!次は誰でも簡単に踊れるやつ、ちゃんこ節いくよ!!》
♪雨期が~きたきた♪うきがぁ~きた~♪アよいよい♪
草原のど真ん中に、大中小様々な生物(たまに生きてないのもいる)が集まって…大盛り上がりしている!!
なんという平和、のどか、和気あいあい!!!
ゆかいな踊りがあれば種別という垣根など関係なく、共に楽しいひと時を過ごすことができるんだね!
スライムがそんなことをしみじみと思い始めた時、提灯の明かりがまぶしすぎて眠れんと文句を言ってきた闇土竜がブチ切れて電線を咬み千切った。
途端に闇に包まれた盆踊り会場。
勢い付いていた魔物があちこちで衝突し合い、闇夜で目の利くものは気軽に避け、腹が減ったものはこっそり捕食し、視界を奪われたものはビビりながら逃げ出し…って、うん、ナニこの阿鼻叫喚の地獄絵図!!!
とりあえず落ち着いておこうと、慌てず騒がず櫓の上で太鼓を抱えて様子を窺っていた踊りの先生だったが、パニクった小心者で暗闇恐怖症のダイダラボッチの末っ子に踏みつぶされ、絶命した。
夜が明けて朝日が昇ると凄惨な盆踊り会場があらわになったが、ボランティアのモンスターの皆さんの尽力で元の美しい草原に戻ったという。
「う、うーん???なんか夢でも見ていたような??」
踊りの先生は、時間を巻き戻されてコンビニの入り口に立っていた。
コンビニの入り口のところで立ち止まる前に、ちょっとだけ時空がゆがんだのだが…、それに気づく様子はない。
踊りの先生はコンビニでUピンとデボンスターチョコを買って家路についた。
家の近くの交差点で、車の暴走事故が発生していた。
「こういう事があるから早めに免許は返納するべきなのよ、もうちょっと早く通りかかってたら…来年の盆踊り、どうするつもり?!」
踊りの先生は、毎年毎年「もう年だから今年で引退するわね」と言いつつ盆踊りの指導を精力的に続け、86歳になっても大きな声とシャンと背を伸ばした姿で櫓の上に立ち多くの人から注目を集め、令和の大厳冬騒ぎで体調を崩し体力が思うように回復せず表舞台から降りたものの、お弟子さんたちが押す車いすに乗って盆踊り会場に現れてはにこやかに微笑みマスコット化し、102歳でこの世を去った今でも地域のお知らせポスターには似顔絵キャラクターがのっているそうです。




