放埒(ほうらつ)
松井良太は、ごく普通の中途半端なルール違反者である。
毎日信号を無視し、毎日バイキング形式の社食で嫌いな具材を避け好きな具材のみプレートに盛る、齢28の清中途半端なルール違反者である。
今日も今日とて、飲み終わったステバのベンティカップを電車の座席下に放置したあと、行きつけのコンビニで使い捨てのカッパとスプレー缶タイプの自転車の空気入れを買って家路についていた―――のだが。
キイイ――――ッ!!キギイイイ!!!
ドガ――――――――――――ん!!
ぐわしゃぁああ!!
ぶちゅ。
真っ白な空間。
松井良太の魂と…、女神が対面している。
「松井良太さん、あなたは気の毒ですが人生を終えてしまいました。転生してもらいます」
「はあ」
「あなたにはチートをお一つ差し上げます。ステータスをご確認ください」
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松井良太(28)
レベル5
称号:転生者
保有スキル:放埒
HP:30
MP:23
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「というわけで、いきなり草原…ふぅん……」
べよん、べよん。
水色の、ぶよぶよした丸い塊が…中途半端なルール違反者の前に現れた!
「スライム…うわぁ、興味な…」
あまりうろたえない、中途半端なルール違反者。
「こういうのって結局なんとかなるもんだからなあ。保有スキル…《放埓》ってフリガナ付きwこんなのも読めないバカと一緒にされてんの?ウケるw」
なんかいつもと違う…。
スライムは戸惑っている。
「ま、こんなとこに放り出されたからには、何らかの役目があるって事でしょ。ボチボチ移動でもしてみましょうかねw」
中途半端なルール違反者は、スライムを無視してすたこら移動を始めた。
「放埓って事は、今まで通りごく普通に生きてたらいいって事なんだよ。ま、なんとかなるだろうけど…ブスと政略結婚とか面倒な人助けはしたくないな。贅沢な暮らしもめんどくさそうだし、家事が得意な地味な女に恩を売って、知識を小出しにしながら目立たないように……」
どぼぶわぁっ!!!!
異世界生活をどのように過ごすか綿密に計画を練り始めた中途半端なルール違反者を、すさまじい衝撃が襲った!
なんと、中途半端に消化されてくたくたになっているマゴス王国の悪徳領主が落っこちてきた模様!
中途半端なルール違反者は、キモい何かにつぶされて絶命した。
どうやら絶体絶命のピンチに陥った領主が守り神であるブラックサンダードラゴンのもとを訪ね、救ってくれた際にはお礼として愛娘を差し出すと約束したのち無事危機回避に成功したものの、シレっと反故にしやがったため怒り心頭でパクッといかれてしまい…、肥えすぎて脂ぎっていたおっさん(風呂ギライ)を咀嚼もせずに飲み込んだせいで予期せぬ消化不良を起こし、公共の魔物トイレに駆け込む余裕もなく空中でぶちまけたらしい…。
スライムは、マナーのなってない奴はこれだから…と思いつつ、ぶよぶよして草原の向こうに消えた。
なお、ドラゴンの肥が染み込んだ場所には後年食したものを瞬く間に肥えさせる魔草が群生するようになり、一部の貧困地域で重宝されるようになったという。
「う、うーん???なんか夢でも見ていたような??」
中途半端なルール違反者は、時間を巻き戻されてコンビニの入り口に立っていた。
コンビニの入り口のところで立ち止まる前に、ちょっとだけ時空がゆがんだのだが…、それに気づく様子はない。
中途半端なルール違反者はコンビニで使い捨てのカッパとスプレー缶タイプの自転車の空気入れを買って家路についた。
家の近くの交差点で、車の暴走事故が発生していた。
「…あ、やべ、今日の日替わりクエストまだやってなかった…地味にうぜえなこのシステム…開発者の怠慢…くそが…」
中途半端なルール違反者は、お洒落なヘッドフォンを装着しスマホ画面を見ながら赤信号の歩道を歩いていたところ、大型トレーラーのデュアルタイヤに接触して巻きこまれ命を落としたのですが、異世界転生することはなかったとのことです。