カンペ
佐久間歩は、ごく普通のADである。
毎日手早くコードを巻き、毎日撮影で使用した食材を美味しく食べるスタッフを務める、齢28のADである。
今日も今日とて、大御所タレントに専用ライトをしこたま当てたあと、行きつけのコンビニでモナ姫とホットコーヒーを買って家路についていた―――のだが。
キィイ!!キイイイイイイイ!!!
ドガ――――――――――――ん!!
ぐわしゃぁああ!!
ぶちゅ。
真っ白な空間。
佐久間歩の魂と…、女神が対面している。
「佐久間歩さん、あなたは気の毒ですが人生を終えてしまいました。転生してもらいます」
「はあ」
「あなたにはチートをお一つ差し上げます。ステータスをご確認ください」
────────
佐久間歩(28)
レベル3
称号:転生者
保有スキル:カンペ
HP:29
MP:29
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「というわけで、いきなり草原…これまたいい撮影ができそうな。ああ、あそこにお笑いタレントうめたら映えそう…」
べよん、べよん。
水色の、ぶよぶよした丸い塊が…ADの前に現れた!
「スライム…実物はわりかし、うん…。AIはやっぱやりすぎなんだよ、なるほど、これがリアルなモンスターか…」
ちょっとうろたえる、AD。
「あ、そうだ。保有スキルを試してみようか…《カンペ?》文字読めるのかな…」
うばほん!
スケッチブックとマジックペンが出てきた!
ADはスケッチブックに「小さく縮んで見せて!」と書き込み、スライムの方に向けた。
スライムは…戸惑っている!!
どうやら文字が汚すぎて読めない模様!
「モンスターだもんなあ、日本語なんかわかんないか。ア、ひらがなだったらいけるかも?ちいさくちじんでみてください・・・」
熟練の生粋の日本人ですら判別できかねるレベルの、ミミズののたくったようなクソ汚い文字をスケッチブックに書き込んで乱暴にスライムに向け、強調するように何度も前に押し出すAD。
偉そうに指示を出す前に…お前は読める文字を書く努力をせんかい!!!
イラっと来たスライムはでっかく膨張して見せたあと、ADを一口で捕食した。
「う、うーん???なんか夢でも見ていたような??」
ADは時間を巻き戻されて、コンビニの入り口に立っていた。
コンビニの入り口のところで立ち止まる前に、ちょっとだけ時空がゆがんだのだが…、それに気づく様子はない。
ADはコンビニでモナ姫とホットコーヒーを買って家路についた。
家の近くの交差点で、車の暴走事故が発生していた。
「うお、報道部の杉森さん、もう撮ってる、早っ!!!」
ADは、ごくたまに上司や同僚や出演者にガチギレされつつも確実に経験を積み、なかなかヒット番組を生み出せずモヤモヤする日々を送っていたものの、仲のいい芸人が賞レースで2位になった頃に一緒に作った番組が深夜帯の10分枠から30分枠、特番を経てゴールデンタイムに進出し、お茶の間の定番番組に成長したあたりで自らも出演者として人気を得て、撮影や企画会議の合間に全国を回って夢を追う素晴らしさを語ったりしながら年を重ね、文化勲章をもらった翌年に88歳でこの世を去ったそうです。