ありがとう
土井遊馬は、ごく普通のいい子である。
毎日お母さんのお手伝いをして、毎日夕飯前に明日の準備を完了させる、齢8のいい子である。
今日も今日とて、掲示板係のクラスメイトが大変そうだったので助けてあげたあと、通学路にあるコンビニの横をわき目もふらず通り抜けつつ家路についていた―――のだが。
キイィイ!!キ――――イイイイイイイ!!!
ドガ――――――――――――ん!!
ぐわしゃぁああ!!
ぶちゅ。
真っ白な空間。
土井遊馬の魂と…、女神が対面している。
「土井遊馬さん、あなたは気の毒ですが人生を終えてしまいました。転生してもらいます」
「えっと、はい」
「あなたにはチートをお一つ差し上げます。ステータスをご確認ください」
────────
土井遊馬(8)
レベル3
称号:転生者
保有スキル:ありがとう
HP:3
MP:3
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「わあ、芝生広場みたい!バッタいるかな?」
べよん、べよん。
水色の、ぶよぶよした丸い塊が…いい子の前に現れた!
「はじめまして。ぼくは、種野森小学校三年二組の土井遊馬です。ここはどこか教えてください。ぼくは何をしたらいいですか?」
うろたえる、スライム。
なんか、この子めっちゃ礼儀正しくて純真な目をしてて…いい子そのものだ!!
「保有スキルとはなんですか?《ありがとう》って、言ってもらえるような事をするといいという事ですか?」
こんないい子に危害を加えてしまっては、女神にお仕置きされてしまう!!
スライムは身に蓄えたあらゆる毒成分を濃縮させ、ぎゅっと丸く成形したあと体内の奥深くにしまい込んだ。
無毒化した触手を伸ばし、そっといい子の手を握る、スライム。
「一緒にいてくれるの?ありがとう!」
いい子とスライムの二人旅が始まった!
時に暴れゴブリンを成敗し、時に腹を空かせた行き倒れフェンリルの手当てをし、時にやさぐれマンドラゴラ(腐ってしまい抜いても害しかなくなってしまったクズ雑草)が鬱蒼と生える村で除草作業に励み、ドラゴンの討伐で一人息子を失くした夫婦のもとで暮らすようになり。
殺伐とした村にありがとうという言葉をもたらし、ありがとうという言葉を当たり前にし、ありがとうという言葉をありふれるものにした、いい子とスライム。
このまま平凡な日々が続くと思われたころ、王都から視察に訪れていた正義の騎士団が村の中で存在感をあらわにする巨大なスライムを見て討伐を決めた。
泣いて止めるいい子を切り捨て、集団で襲いかかる騎士団。
スライムが怒り心頭ですべてをまる飲みしようとしたその時、濃縮毒玉を核だと思い込んだ騎士団長が自慢の槍で突いた。
盛大に弾けた毒玉はあたり一面に飛び散り、名ばかりの騎士団は全滅した。
いい子を失ったスライムは、手厚く葬ったあとただひたすらに泣き暮らした。
村があった場所はバカでかい毒の湖になり、かつてその地にありがとうという言葉があふれていたということを知るものは誰もいないという。
「う、うーん???なんか夢でも見ていたような??」
いい子は時間を巻き戻されて、コンビニの入り口に立っていた。
コンビニの入り口のところで立ち止まる前に、ちょっとだけ時空がゆがんだのだが…、それに気づく様子はない。
いい子は通学路にあるコンビニの横をわき目もふらず通り抜け、家路についた。
家の近くの交差点で、車の暴走事故が発生していた。
「交通安全に気を付けないと!こわいねえ」
いい子は、弱者のふりをしたしたたかな悪いやつに足元をすくわれそうになることもありましたが、穏やかな癒し系キャラとして感謝の心を気軽にまわりに振り撒き続け、優しい人や手を差し伸べた人に助けてもらったり、良い出会いがあって思わぬ突破口になったりしながら年を重ね、97歳でこの世を去ったのち少しだけ記憶を持ったまま転生し、今はスライムと一緒に良くない人々を消化して回る日々を送っているそうです。