アレルゲン
中村碧生は、ごく普通のアレルギーもちである。
毎日低刺激のボディーソープを泡立ててそっと皮膚を洗い流し、毎日食べ物の成分表をチェックする、齢21のアレルギーもちである。
今日も今日とて、猫を二匹飼っているおばあちゃんの家にお土産を届けに行ったら目がかゆくなりクシャミと鼻水が止まらなくなったので急いで退散し、近くにあったコンビニで顔を洗ってうがいをし少し休憩してから家路につこうとしていた―――のだが。
キギギイー!!キ――――イ!!!
ドガ――――――――――――ん!!
ぐわしゃぁああ!!
ぶちゅ。
真っ白な空間。
中村碧生の魂と…、女神が対面している。
「中村碧生さん、あなたは気の毒ですが人生を終えてしまいました。転生してもらいます」
「はあ」
「あなたにはチートをお一つ差し上げます。ステータスをご確認ください」
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中村碧生(21)
レベル39
称号:転生者
保有スキル:アレルゲン
HP:2
MP:-82
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「というわけで、いきなり草原…、ヤバ、あの葉っぱはもしかしてイネ科?なんか鼻がむずむずするんだけど!!」
べよん、べよん。
水色の、ぶよぶよした丸い塊が…アレルギーもちの前に現れた!
「スライム?!武器も何もない上にアレルギーの症状が出まくり!マジ詰んだ!」
うろたえる、アレルギーもち。
「はっくしゅ、ぞ、ぞうだ、保゛有スキルを゛っ…《アレルゲン?》」
ファー!!!
アレルギーもちのアレルギーが、スライムに移行した!!
草原にもっさもっさと生えているカモガヤ、カナムグラ、ネズミムギ、ブタクサ、ヨモギ、オオアワガエリなんかの花粉がスライムに襲いかかる!!
スライムは毒状態になった!!
全身にかゆみが走り、その場を動けない!!
森の方から、スギにヒノキにハンノキ、シラカンバなんかの花粉が押し寄せる!!
照り付ける太陽光が体表にダメージを与え、風で飛んできた闇猫の毛や殺人マダニ、水アリなんかも容赦なく襲いかかる!!
スライムは猛毒&麻痺状態になった!!
止らないクシャミ、体表に広がる紅斑および膨張で、息も絶え絶えだ!!
「うわぁ…なんか、すがすがしい…!!!空気って、こんなにもおいしかったんだぁ…!!」
すべてのアレルギーから解放されたアレルギーもちは、もだえ苦しむスライムを草原に残し、スッキリした身体で街を目指した。
中規模都市に到着した元アレルギーもちは、異世界転生者救済ギルドに保護されることになった。
なんとこの世界、転生者はすべて手厚く保護されるシステムが整っている模様!
おこづかいをもらった元アレルギーもちは、エビにカニにピーナッツ、イクラにイカに卵、モモにメロンにりんご、フレッシュ牛乳…今まで食べられなかったものをガツガツと食べた!
満腹になって大満足した元アレルギーもちは、大喜びでチップをはずみまくってご機嫌状態で飲食店を出た。
これからどうしようかなあとぼんやり考えながら、のろのろと歩き始めると、ザッザッザッという足音が聞こえてきた。
なんだ?と思って振り向いた瞬間、何者かに襲撃されて、命を落とした。
犯人は、飲食店のとなりの席でパンがゆをちびちび啜っていた貧しい冒険者だった。隣でアホみたいに食いまくる女が憎くてたまらなかったらしい。
なお、スライムは《アレルゲン》スキルの保有者がいなくなった瞬間地獄の苦しみから解放され、今も元気に転生者を捕食しているとのこと。
「う、うーん???なんか夢でも見ていたような??」
アレルギーもちは時間を巻き戻されて、コンビニの入り口に立っていた。
コンビニの入り口のところで立ち止まる前に、ちょっとだけ時空がゆがんだのだが…、それに気づく様子はない。
アレルギーもちは、コンビニで顔を洗ってうがいをし少し休憩してから家路についた。
家の近くの交差点で、車の暴走事故が発生していた。
「はあ…、もうちょっと早く通りかかってたら…こわいなあ、蕎麦以上に危険じゃん…」
アレルギーもちは、常に食べ物や天候、環境に配慮しないといけないなんて大変でしょう?と気を使われるのが地味に負担で、できる限り人のいない場所を求めるようになったりもしましたが、よき理解者と出会い家庭を持ち、思いがけずアレルギーが出て混乱する事が何度かあったものの、創意工夫をしながら明るく前向きな日常を過ごして、80歳でこの世を去ったそうです。