読経
野田良寛は、ごく普通のお坊さんである。
毎日念仏を唱えて、毎日檀家さん達に笑顔を向ける、齢35のお坊さんである。
今日も今日とて、公民館に出向いて写経講座の講師を務めたあと、行きつけのコンビニで毛筆タイプの筆ペンと半額になっていたお彼岸団子を買って家路についていた―――のだが。
キィイイイイイ!!キキ――――!!!
ドガ――――――――――――ん!!
ぐわしゃぁああ!!
ぶちゅ。
真っ白な空間。
野田良寛の魂と…、女神が対面している。
「野田良寛さん、あなたは気の毒ですが人生を終えてしまいました。転生してもらいます」
「はあ」
「あなたにはチートをお一つ差し上げます。ステータスをご確認ください」
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野田良寛(35)
レベル18
称号:転生者
保有スキル:読経
HP:23
MP:51
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「というわけで、いきなり草原とは…神様も酷なことをしなさる」
べよん、べよん。
水色の、ぶよぶよした丸い塊が…お坊さんの前に現れた!
「スライム…初めて対面したけど、やや神聖みがあるなあ、透明だからかな…」
ややうろたえる、お坊さん。
「やっぱり保有スキルは《読経》になるんだ。さて、ありがたいお経は…届くかな?」
お坊さんは立ったまま読経を始めた!
ノドの奥から発せられる低くてよく響くコブシのきいたお経は迫力満点だ!!
お坊さんの読経の重低音に共鳴して、スライムの体表が小刻みに震えている。
ちょっとビリビリするけど、なんかキモチイー!
スライムはうっとりしている!
だだっ広い草原にお経の声が響き渡る。
お経は風にのって荒れ果てた戦場跡地に届いた。
浮かばれない魂が、お経の力で…たったかたったか成仏していくぞ!!
しもべたちがものすごい勢いで消えていくのを目の当たりにしたネクロマンサーは激怒した!!
せっかく集めたのに…なんてことしやがる!!
お坊さんのところまですっ飛んできたネクロマンサーは、憤怒の一撃をお見舞いした。
吹っ飛ばされたお坊さんが目の前に落ちたので、スライムはついついパクッとまる飲みしてしまった。
消化し終わる頃にはビリビリと震えていた体表の波も落ち着き、いつもの日常が訪れたという。
「う、うーん???なんか夢でも見ていたような??」
お坊さんは時間を巻き戻されて、コンビニの入り口に立っていた。
コンビニの入り口のところで立ち止まる前に、ちょっとだけ時空がゆがんだのだが…、それに気づく様子はない。
お坊さんはコンビニで毛筆タイプの筆ペンと半額になっていたお彼岸団子を買って家路についた。
家の近くの交差点で、車の暴走事故が発生していた。
「これは…、南無阿弥陀仏…」
お坊さんは、ありがたい話をしたりお堂を解放してイベントをひらいたりしながら地域の人達と親交を深め、ごくごくまれに神や仏を全く信じない傍若無人な人に攻撃されて怯むこともありましたがおおむね穏やかで温厚な人柄を振り撒いて多くの人から信頼を寄せられ、80歳でこの世を去った今もお墓に人生相談をしに来る人が絶えないとのことです。