生クリーム絞り
磯貝ひろは、ごく普通のクリスマスケーキ製造バイトである。
毎日クリーン服に身を包み、毎日余ったケーキがもらえないかなと期待する、齢23のクリスマスケーキ製造バイトである。
今日も今日とて、初めて入ったレーンで盛大に失敗したら廃棄するから気にすんなと言われてドン引きしたあと、行きつけのコンビニでこってり背脂マシマシつけ麺とシフォンケーキカップを買って家路についていた―――のだが。
キギギィ!!キ――――イッ!!!
ドガ――――――――――――ん!!
ぐわしゃぁああ!!
ぶちゅ。
真っ白な空間。
磯貝ひろの魂と…、女神が対面している。
「磯貝ひろさん、あなたは気の毒ですが人生を終えてしまいました。転生してもらいます」
「はあ」
「あなたにはチートをお一つ差し上げます。ステータスをご確認ください」
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磯貝ひろ(23)
レベル2
称号:転生者
保有スキル:生クリーム絞り
HP:32
MP:4
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「というわけで、いきなり草原かよ、雑いな」
べよん、べよん。
水色の、ぶよぶよした丸い塊が…クリスマスケーキ製造バイトの前に現れた!
「スライム?うわ、まじか…武器もないしTシャツ装備でどうすんだよ」
うろたえる、クリスマスケーキ製造バイト。
「そうだ、保有スキル《生クリーム絞り?》ちょ、そんな大したもんじゃないけど!?」
うばほん!
いつも絞っている生クリームバックが出てきたぞ!
美味しそうなニオイがする!
スライムはクリスマスケーキ製造バイトににじり寄った。
「くっ…!こ、コレでも喰らいやがれっ!」
にゅにゅ、にゅるー!
勢いよく生クリームが飛び出した!
ソレをパックパックと食い尽くしていくスライム。
「ヤバい、無くなりそう…」
うばほん!
「なにこれ、新しいのが出てくるシステム!?よ~し、贅沢にぶちまけたろ!」
クリスマスケーキ製造バイトは、遠慮することなく生クリームを絞り続けた。
5つばかり生クリームを食い尽くしたスライムは、なんかしょっぱいものが食べたくなってきた。
眼の前に汗だくの人がいたので、スライムは一口で捕食した。
「う、うーん???なんか夢でも見ていたような??」
クリスマスケーキ製造バイトは、時間を巻き戻されて、コンビニの入り口に立っていた。
コンビニの入り口のところで立ち止まる前に、ちょっとだけ時空がゆがんだのだが…、それに気づく様子はない。
クリスマスケーキ製造バイトはコンビ二でこってり背脂マシマシつけ麺とシフォンケーキカップを買って家路についた。
家の近くの交差点で、車の暴走事故が発生していた。
「う…、リアルラズベリーソース…」
クリスマスケーキ製造バイトは、単調な仕事をするキツさに挫けそうになったりもしましたが、こまめに担当を交代しながらチームでがんばる働き方が性に合っていることに気付き、契約社員を経て正社員になり役員まで登りつめ、65歳で定年退職したあとはシニア枠のバイトに入り元気に過ごしていたものの、社員割引のクリスマスケーキを4個予約した翌日に低血糖で意識を失って転倒してしまい長く入院生活を送ることになり、50年にわたり毎年食べていたお気に入りのクリスマスケーキをひとくちも食べることなくこの世を去ったそうです。