緑の手
橋本綾子は、ごく普通の園芸愛好家である。
毎日庭の草花に水をあげ、毎日インチュタにお気に入りのお花の写真をアップする、齢44の園芸愛好家である。
今日も今日とて、ホームセンターに緩効性肥料を買いに行ったあと、行きつけのコンビニで半額になっていたモロヘイヤの種とグリーンスムージーを買って家路についていた―――のだが。
キイィイ!!キ――――イイイイイイイ!!!
ドガ――――――――――――ん!!
ぐわしゃぁああ!!
ぶちゅ。
真っ白な空間。
橋本綾子の魂と…、女神が対面している。
「橋本綾子さん、あなたは気の毒ですが人生を終えてしまいました。転生してもらいます」
「はあ」
「あなたにはチートをお一つ差し上げます。ステータスをご確認ください」
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橋本綾子(44)
レベル13
称号:転生者
保有スキル:緑の手
HP:3
MP:62
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「というわけで、いきなり草原…、うわあ、イイにおい…ここの草、すごく元気!!」
べよん、べよん。
水色の、ぶよぶよした丸い塊が…園芸愛好家の前に現れた!
「スライム!武器も何もない…どうしよう、走って逃げる?ううん、無理!!」
うろたえる、一般人。
「あっ、保有スキルを試せばなんとかなるんじゃ!《緑の手》?ちょっと待って、植物を育てる能力ってこと?!えーとえーと!!草、助けてくれるの?!」
うばほん!!
草原の草がめしょめしょ編み込まれて、藁人形っぽい形になった!!
肘とひざの関節が無いから多少動きにくそうだが、軽快にジャンプ&素振りをしている姿は…往年のカンフースターを思わせる!!
スライムはたかが草に何ができるんだとたかをくくって襲いかかった!!
草人形はひらりとかわし、草原を蹴ってスライムに突撃した!!
ズササササササザッ!!
草人形の会心の一撃!!
ずぐちゅどばぁあああああああああ!!!
スライムは真っ二つに裂け、猛毒汁をあたりに撒き散らした!
じゅばアアアア!!!
猛毒汁が染み込んだ草人形、草原がみるみる腐って大地に染み込み、土壌が汚染されていく!
「ヤダ!!せっかくの豊穣の土が!!こんなの、ないよ!!お願い…土を、緑を…守って…」
園芸愛好家はありったけの力を込めて大地にパワーを降り注いだ。
汚染された大地は元通りになったが、園芸愛好家はオーバーワークがたたって息絶え、そのまま土に混じった。
広大な草原の一部に見たこともない美しい花が咲き乱れる場所があると噂になったが、欲の深い人間が掘り起こした結果、見たことのあるショボい花しか咲かなくなったという。
「う、うーん???なんか夢でも見ていたような??」
園芸愛好家は時間を巻き戻されて、コンビニの入り口前に立っていた。
コンビニの入り口で立ち止まる前に、ちょっとだけ時空がゆがんだのだが…、それに気づく様子はない。
園芸愛好家はコンビニで半額になっていたモロヘイヤの種とグリーンスムージーを買って家路についた。
家の近くの交差点で、車の暴走事故が発生していた。
「ヤダ、車が突っ込んで花壇がかわいそうなことになってる!あんな立派なハナミズキも…枯れちゃうかなあ、かわいそうに…」
園芸愛好家は、誰もが美しいと見入るようなステキな庭を作って名声を集めましたが、その恩恵にあずかろうと考える礼儀知らずたちに粘着されて心を病み、庭の草木をすべて処分して珍しい自動販売機を複数置いたところ鬼バズリし、資産を得たあと敷地面積の広い家に引っ越して他人をシャットアウトしながら園芸を楽しみ続け、つぎに生まれるなら絶対に農家になるわと笑った翌週雑草取りの最中に倒れ、そのまま目を覚ますことなく71歳の生涯を閉じたとのことです。