よ~しよ~し
松阪義雄は、ごく普通の畜産家である。
毎日牛の寝床を整え、毎日畜産チャンネルの動画をアップする、齢58の畜産家である。
今日も今日とて、古くなっていた搾乳機のシリコンパーツを交換する作業を終えたあと、行きつけのコンビニでイチゴのかき氷とイワシの梅煮缶を買って家路についていた―――のだが。
ギキキィ!!キキキキキ――――!!!
ドガ――――――――――――ん!!
ぐわしゃぁああ!!
ぶちゅ。
真っ白な空間。
松阪義雄の魂と…、女神が対面している。
「松阪義雄さん、あなたは気の毒ですが人生を終えてしまいました。転生してもらいます」
「はあ」
「あなたにはチートをお一つ差し上げます。ステータスをご確認ください」
────────
松阪義雄(58)
レベル36
称号:転生者
保有スキル:よ~しよ~し
HP:47
MP:25
────────
「というわけで、いきなり草原…いい牛が育ちそうだが…」
べよん、べよん。
水色の、ぶよぶよした丸い塊が…畜産家の前に現れた!
「これは、もしやスライム…?」
あまりうろたえない、畜産家。
「何かこの状況を打破する手段…、保有スキルとは?《よ~しよ~し》…牛もいないのに??」
うばほん!
仲良し牧場みるくの里ファーム(縮小版/オートチャージシステム搭載宿直ルーム付き)が出てきた!!
「この色つやは…黒毛和種、20か月…いってないくらいか。……うん?お前、ハナヨじゃないか!お前はゲンキ!!お前はミツコ、お前は…わかった、マユミだ!!出荷してった牛たちが…これは、一体?!」
牛たちは空腹を訴えてモーモー言っているぞ!!
「よし待ってろ、今うまいエサをたっぷり食わせてやるからな!!」
畜産家は、スライムそっちのけで牛たちの世話を始めた!
その様子をまじまじと観察するスライム!
うわあ、なんかこの子たち、めっちゃ可愛い♡
スライムは興味津々だ!!
畜産家は愛情いっぱいで牛たちの世話にせいを出した!
スライムはお世話の様子を見守り続けた!
間もなく出荷できそうだ、どこに牛を卸そうか…。
このまま牛たちと平和に暮らし続けるのもいいな…。
畜産家が頭を悩ませていたある日、盗賊団がやって来て金目のものを出せと凄んだ。
しかし、ここには藁とエサとふんと毎日謎に食材が補充される冷蔵庫しかない。
牛を売れば金になると説明したが、盗賊は聞く耳を持たず、大暴れして見せしめとして次々に牛の首をはねた。
牛たちの断末魔を聞き駆けつけたスライムは、凄惨な殺戮現場を目の当たりにして怒りが爆発し、盗賊どもをまる飲みにした。
ハナヨをかばって絶命していた畜産家は、スライムによって牛たちと共に手厚く葬られたという。
「う、うーん???なんか夢でも見ていたような??」
畜産家は時間を巻き戻されて、コンビニの入り口に立っていた。
コンビニの入り口のところで立ち止まる前に、ちょっとだけ時空がゆがんだのだが…、それに気づく様子はない。
畜産家は、コンビニでイチゴのかき氷とイワシの梅煮缶を買って家路についた。
家の近くの交差点で、車の暴走事故が発生していた。
「もうちょっと早く通りかかってたら明後日の競りに行けなくなってたかも…怖いなあ、ううむ…」
畜産家は、リアルな牛の生態を包み隠さず動画で紹介することで人気を得て、やや元気をなくしていた畜産界に若い世代を引き込むことに成功し、斬新なアイデアを広い心で受け入れ積極的に革新につとめ、大幅に業績を伸ばし日本中に牛ライク牛ライフブームを巻き起こしたのち99歳でこの世を去ったそうです。
なお、最後に口にしたのは、モスケの牛テールでこしらえたおじやだったとのことです。