飛び込まないでね〜!
大沢美千留は、ごく普通のプール(夏休み中のみオープンする地域のコミュニティプール)の監視員である。
毎日塩素濃度をチェックして、毎日子供たちにホースの水をかけてまわる、齢32のプールの監視員である。
今日も今日とて、はしゃぎすぎて鼻血が出てしまった子供の手当てをした事を日誌に描きこんだ後、行きつけのコンビニで倍盛り次郎系ラーメンとすあまを買って家路についていた―――のだが。
キイィイ!!キギ――――!!!
ドガ――――――――――――ん!!
ぐわしゃぁああ!!
ぶちゅ。
真っ白な空間。
大沢美千留の魂と…、女神が対面している。
「大沢美千留さん、あなたは気の毒ですが人生を終えてしまいました。転生してもらいます」
「はあ」
「あなたにはチートをお一つ差し上げます。ステータスをご確認ください」
────────
大沢美千留(32)
レベル6
称号:転生者
保有スキル:飛び込まないでね〜!
HP:19
MP:9
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「というわけで、いきなり草原!!すご、なんにも…無い!!」
べよん、べよん。
水色の、ぶよぶよした丸い塊が…プールの監視員の前に現れた!
「スライム出てきた!武器も何もないんだけど、これ…仲良くできるパターン?!でも…見るからにヤバげ…」
うろたえる、プールの監視員。
「てゆっか、保有スキルあったよね!!《飛び込まないでね〜!》って、プールなんかどこにも…」
うばほん!
刺賀町のコミュニティプールが出てきたぞ!!
「これは私に…監視をしろと?!うはっ、救急箱にAED、日誌に機材管理マニュアル、塩素濃度の試薬セット、歪んだ事務机に座面に穴が開いたイス…さっき私がいた場所のまんまじゃん!!」
一番乗りで来場者名簿に記入をすませたスライムは、早くプールに入りたくて仕方がない!!
いつの間にか、プールに入りたいモンスターがいっぱい集まってきているぞ!
「はーい、オープンしまーす!じゃあまずはここで一人ずつシャワーを浴びてね!!プールサイドは走らないこと、プールの中には飛び込まないこと!おばちゃんのいう事はちゃんと聞いてね!危ないことしたらすぐに親御さんに連絡して帰ってもらうからね~!」
しゃわわー!!!
シャワーを浴びたので、スライムの体表の毒はすべて流れ落ちた!
これでみんなと一緒に遊べるぞ!!
「あ、こら!名簿に書いてからでないと入っちゃダメ!あ、ごめんなさいねえ、オムツが取れてない坊ちゃんはもうちょっと育ってから来てね!うん?キミ中学生?!ダメダメ、コミュニティプールの利用は小学生までだよ!」
サクサクと任務をこなしていくプールの監視員。
ばっちゃ――――――――ん!!
ルールを守らないノームの子供が、勢いよくプールに飛び込んだぞ!!
「飛び込まないでね〜!」
どばっちゃーん!!!
ばっしゃああああああああ!!!
「ぐぉら゛ぁあああああああああああ!!!飛び込むなっつっとろーがぁあああああ!!!」
怒鳴り声をあげて威嚇するプールの監視員!
だがしかし、ノームの子供は聞きゃあしねぇー!!!
図に乗ったノームにつられた子供たちが次々に飛び込み始めて、収拾がつかない!
じゃぽーん!!
ぶにゅ
ぷすっ
デスイーグルの子供が勢いよくプールに飛び込んだ時、鋭い爪がスライムに突き刺さった!!
ででろでろでろ・・・
穴の開いた体表から猛毒の体液が流れ出し、プールにいた子供たちは全滅した。
ヤバいと思ったスライムは、証拠隠滅のためにすべてをまる飲みした。
「う、うーん???なんか夢でも見ていたような??」
プールの監視員は時間を巻き戻されて、コンビニの入り口に立っていた。
コンビニの入り口のところで立ち止まる前に、ちょっとだけ時空がゆがんだのだが…、それに気づく様子はない。
プールの監視員はコンビニで倍盛り次郎系ラーメンとすあまを買って家路についた。
家の近くの交差点で、車の暴走事故が発生していた。
「うわ、もうちょっと早く通りかかってたら…明日のプールいけなかったかも!!!」
プールの監視員は、夏休み期間中真っ黒に日焼けしながら仕事を続け、真夏の暑い盛りに毎日大声をあげていたおかげかやけにカラオケの点数が上がった事を喜んだり、スーパーで顔見知りの子供と出くわして話すのが楽しみになったりしたのですが、翌年老朽化を理由にコミュニティプールが解体されることになってしまい、心底残念に思ったのち、82歳でこの世を去るまで積極的に市民プールに通っていたとのことです。