おじゃましまーす
榊原ゆき子は、ごく普通の検針員である。
毎日一般家庭を訪ねて水道メーターのふたを開け、毎日ポストの中にお知らせを投函する、齢49の検針員である。
今日も今日とて、庭の草がぼうぼう過ぎてフタを開けるのに四苦八苦したあと、行きつけのコンビニでバナナあんこスムージーと芋きんつばを買って家路についていた―――のだが。
キイィイイー!!キ――――イイイイイイイ!!!
ドガ――――――――――――ん!!
ぐわしゃぁああ!!
ぶちゅ。
真っ白な空間。
榊原ゆき子の魂と…、女神が対面している。
「榊原ゆき子さん、あなたは気の毒ですが人生を終えてしまいました。転生してもらいます」
「はあ」
「あなたにはチートをお一つ差し上げます。ステータスをご確認ください」
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榊原ゆき子(49)
レベル11
称号:転生者
保有スキル:おじゃましまーす
HP:17
MP:9
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「というわけで、いきなり草原!?はー、草刈りするの大変そう…って、刈る必要ないか」
べよん、べよん。
水色の、ぶよぶよした丸い塊が…検針員の前に現れた!
「スライムだ!あー、若い頃いっぱい集めたなあ、全部フリマで10円で売ったけど」
あまりうろたえない、検針員。
「保有スキル、試してみようか…。《おじゃましまーす?》…どこに??」
うばほん!
スライムの自宅が現れた!
縁側・飛び石・家庭菜園スペースつきの広い庭、青い瓦屋根の二階建て、バルコニーの柵には布団が三つ干してある…まさかご家族がいらっしゃる?!
「今月分の使用量、見させて下さいね〜」
検針員はスライム宅の庭に足を踏み入れ、生け垣の横にあるメーターボックスを開けた。
泥も入り込んでないし、雑草も生えてないから見やすくて助かるなあと思いながら、検針員は目視した数値を端末に入力した。
「うん?なんかめちゃめちゃ使用量増えてますね、漏水とかしてません?早く原因探さないと、来月は三倍くらいになっちゃうかも…」
身に覚えがないスライムは焦った!
ヤバい、今月食べ放題ツアーに行って家計がピンチなのに!
パニクったスライムは、全身を水状に変化させ自宅敷地内にくまなく広がってチェックを始めた!
穴の空いた場所探しの事しか考えられなくなったスライムは、うっかり検針員の表面も覆ってしまった!
「ぎゃあああアアアアア!」
猛毒にまみれた検針員は絶命した。
調査の結果、スライム宅の水道管に穴は開いていなかった。
メーターがあがった原因は、真夜中にトレント達が水飲み放題パーティを開催していたためだったという。
「う、うーん???なんか夢でも見ていたような??」
検針員は時間を巻き戻されて、コンビニの入り口前に立っていた。
コンビニの入り口で立ち止まる前に、ちょっとだけ時空がゆがんだのだが…、それに気づく様子はない。
検針員はコンビニでバナナあんこスムージーと芋きんつばを買って家路についた。
家の近くの交差点で、車の暴走事故が発生していた。
「うわあ、突っ込まれた家…水道管破裂しちゃってる!あの家の今月の水代、保険で出るのかな…」
検針員は、毎日歩いて検針しているおかげで大変健康的に過ごせていたのですが、退職して歩かなくなった途端に肥えてしまい、あっという間に膝を悪くして引きこもるようになり、ぼんやりテレビを見ながら過ごすことが増えた結果度を超えて忘れっぽくなって、水の出しっぱなしはもちろんエアコンやテレビのつけっぱなしも増えて家計がカツカツになりながらも真面目に働き続けて貯め込んだお金を小出しにしてしのぎ、74歳でこの世を去った時には借金も貯金もなかったとのことです。