自慢のモーニングを食うてみぃ!
並松仁は、ごく普通のカフェオーナーである。
毎日コーヒーを焙煎して、毎日厚焼き玉子サンドをこしらえる、齢58のカフェオーナーである。
今日も今日とて、近所にオープンしたカフェチェーン店におやつを食べに行った後、行きつけのコンビニでチョコスコーンと塩昆布を買って家路についていた―――のだが。
キイィギギーイ!!キ――――!!!
ドガ――――――――――――ん!!
ぐわしゃぁああ!!
ぶちゅ。
真っ白な空間。
並松仁の魂と…、女神が対面している。
「並松仁さん、あなたは気の毒ですが人生を終えてしまいました。転生してもらいます」
「はあ」
「あなたにはチートをお一つ差し上げます。ステータスをご確認ください」
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並松仁(58)
レベル7
称号:転生者
保有スキル:自慢のモーニングを食うてみぃ!
HP:38
MP:22
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「というわけで、いきなり草原…なんだ、遠足を思い出すなあ。ふふ、バナナはおやつに入るんですかってね…」
べよん、べよん。
水色の、ぶよぶよした丸い塊が…カフェオーナーの前に現れた!
「スライムというやつだ!なんだこの…非現実感!武器も何もないけど、やっつけないと…ダメ?!」
うろたえる、カフェオーナー。
「そうだ、保有スキルで何とかなるんでは?《自慢のモーニングを食うてみぃ!?》店も材料もないのに?!」
うばほん!
のどかな中規模都市の一画で地元住民に愛され続ける喫茶店が出てきたぞ!!
スライムが入れるよう道路に面した壁が取り払われて、やけに明るい店内になっている!!
「はい、今日の日替わりモーニングプレートは和風だよ!うちはね、朝はこれしか出してないの!あ、コーヒーは食後に出すからね、飲める?ミルクとかオレンジジュースでもいいよ!」
丸いお皿の上には、海苔巻きおにぎりと出汁巻き卵、粉ふきイモに小松菜の胡麻和え、一口味噌田楽に桃のゼリーが乗っている!
スライムはおにぎりに手をのばし、そっと頬張った…鮭が入ってる!これ、ウマー!!
「11時からは通常メニューも作れるよ!15時から注文できるおやつプレートがおススメでね、今日は焼きプリンとスコーンの盛り合わせにするつもり…」
カウンター越しに気さくに声をかける、カフェオーナー。
優しそうな笑顔に心地いいおしゃべり、癒し系まるだしの人柄…、スライムは毎日通いたい、絶対通うぞと心に決めた!
11時になり、スライムが通常メニューを頼もうとメニューに触手を伸ばしたその時、ゴブリンのカップルが来店した。
「ごめんなさいねえ、モーニングはもう終わっちゃったんですよ」
モーニングが食べられないことにブチ切れたゴブリンは、カフェオーナーを自慢のこん棒で成敗した。
ちょ…なんてことしやがる!!
今後の楽しみを奪われたスライムは、怒り心頭でゴブリンどもを捕食した。
悲しみに暮れたスライムは一縷の望みを託してカフェオーナーを店の横の日当たりのいい場所に埋めたが、いつまでたっても新しいカフェオーナーは生えて来ず、二度とモーニングセットを食することはなかったという。
「う、うーん???なんか夢でも見ていたような??」
カフェオーナーは時間を巻き戻されて、コンビニの入り口に立っていた。
コンビニの入り口のところで立ち止まる前に、ちょっとだけ時空がゆがんだのだが…、それに気づく様子はない。
カフェオーナーはコンビニでチョコスコーンと塩昆布を買って家路についた。
家の近くの交差点で、車の暴走事故が発生していた。
「こりゃ大変だ、もうちょっと早く通りかかってたら巻き込まれていたかも…?」
カフェオーナーは、定休日の木曜以外、雨の日も風の日も年末年始もお盆も朝6時から夕方6時まで店を開け続け、たくさんの人に美味しいメニューを楽しんでもらう事を生きがいとしていたのですが、ある時いつものように10キロの寸胴を持ち上げようとしてぎっくり腰になり、泣く泣く臨時休業することになった事をきっかけに休み癖がついてしまい、オープンしていたら大ラッキーの奇跡のカフェと噂されがちになってしまったものの、マイペースに営業を続け、86歳で亡くなる三日前まで愛用のフライパンを握って厚焼き玉子を焼いていたそうです。