勇者
灘丘豪基は、ごく普通の選ばれし者である。
毎日アプリゲームを起動してスマホの画面をつるつるやり、毎日いつかクソ高い焼き肉食いに行きてえなと夢を見る、齢17の選ばれしものである。
今日も今日とて、うっかり提出しそびれていた第一回進路志望調査の紙を職員室に持っていったあと、行きつけのコンビニでポテチとリッチタルピスを買って家路についていた―――のだが。
キィ!!キキキキキ――――!!!
ドガ――――――――――――ん!!
ぐわしゃぁああ!!
ぶちゅ。
真っ白な空間。
灘丘豪基の魂と…、女神が対面している。
「灘丘豪基さん、あなたは気の毒ですが人生を終えてしまいました。転生してもらいます」
「はあ」
「あなたにはチートをお一つ差し上げます。ステータスをご確認ください」
────────
灘丘豪基(17)
レベル1
称号:転生者
保有スキル:勇者
HP:22
MP:1
────────
「というわけで、いきなり草原?!オイオイ、こんなテキトーなことでいいのかよっ?!」
べよん、べよん。
水色の、ぶよぶよした丸い塊が…選ばれしものの前に現れた!
「ちょ…マジか、スライム?!武器も何もないのに、どうしろと!!」
うろたえる、選ばれしもの。
「はっ、そうだ保有スキル!!!《勇者?》はあ?!なに、それ!!」
うばほん!
選ばれしものを、眩しい光が包み込んだ!!
スライムは目がくらんでいる!!
ちゃっ!
ちゃかっ!!
シャキーン!!
ででん!!
選ばれしものは、勇者の鎧・勇者の盾・勇者の剣を装備し、カッコいいポーズを決めた!!!
「よっしゃあああああ!!!これがあれば無敵だぜ!!!」
選ばれしものは目の前でまごまごしているスライムを真っ二つにした!
テレレテッテレーン!!
選ばれしものはレベルが上がった!
HPが28増えた!
MPが12増えた!
スキル:勇者の資質を獲得した!
選ばれしものに…謎の力が満ちていく!!
勇者として覚醒した模様!!
「…魔物は、俺が、せ、成敗!!」
選ばれしものは、目覚めたばかりの勇者の力を制御することができない!
使命感と焦燥感で胸がいっぱいになってしまった選ばれしものは、あふれるパワーをあらゆるものに叩きつけ始めた!
草原を駆け巡り、何の罪もないモンスターたちをなぎ倒していく選ばれしもの。
ぐんぐんレベルが上がってモンスターたちの間で【諸悪の根源】認定されるようになった頃、ようやく選ばれしものの暴走は止まった。
オアシスを見つけた選ばれしものは、ちょっと一休みしようと思い…たくさん並んでいる切り株のひとつに腰かけた。
ヤシの実ジュースをガブガブ飲みながら、血濡れの両手をまじまじと見つけたその時。
フィ――――ン…
頭上に現れた巨大な魔方陣の中から、バカンスを楽しみに来たサイクロプスファミリーが現れた!
ぷちゅ
選ばれしものは、ファミリーの中でも一番の重さを誇るお母さんロプスに踏みつぶされた。
足の裏に勇者の剣が刺さったお母さんロプスはしばらく痛みを訴えていたが、とげぬき地蔵にお参りをしたら翌日に無事抜けたという。
「う、うーん???なんか夢でも見ていたような??」
選ばれしものは時間を巻き戻されて、コンビニの入り口に立っていた。
コンビニの入り口のところで立ち止まる前に、ちょっとだけ時空がゆがんだのだが…、それに気づく様子はない。
選ばれしものはコンビニでポテチとリッチタルピスを買って家路についた。
家の近くの交差点で、車の暴走事故が発生していた。
「うへえ、もうちょっと早く通りかかってたら、俺、世界が救えなくなってたじゃんwww」
選ばれしものは、意中の子や生徒会やグループの代表や町内会長や愛猫友の会の理事などに選ばれず悔しい思いをすることもありましたが、それなりに分をわきまえた大人の態度を貫き、少々腑に落ちないながらもぼちぼち満たされた日々を暮らし、100歳でこの世を去ったそうです。
なお、葬儀の際に100万人目の利用者になり全額キャッシュバックされて、生活費が圧迫された親族が助かったそうです。