ねりねりねりねり
佐伯茉理はごく普通の食品加工技術者である。
毎日マグロを捌き、毎日ネギトロを作る、齢24の食品加工技術者である。
今日も今日とて、調味料の発注数を間違えて専務にお叱りを受けたあと、行きつけのコンビニでかば焼きちゃん太郎30枚入りを一袋と濃ゆいお茶を買って家路についていた―――のだが。
キイィイー!!キイッ―――イイイイイイ!!!
ドガ――――――――――――ん!!
ぐわしゃぁああ!!
ぶちゅ。
真っ白な空間。
佐伯茉理の魂と…、女神が対面している。
「佐伯茉理さん、あなたは気の毒ですが人生を終えてしまいました。転生してもらいます」
「はあ」
「あなたにはチートをお一つ差し上げます。ステータスをご確認ください」
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佐伯茉理(24)
レベル4
称号:転生者
保有スキル:ねりねりねりねり
HP:22
MP:3
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「というわけで、いきなり草原に放り出すのやめてよ、も~!!!」
べよん、べよん。
水色の、ぶよぶよした丸い塊が…食品加工技術者の前に現れた!
「スライムじゃん!!武器も何もないのにヤバっ!!この場合どうすべき?!」
うろたえる、食品加工技術者。
「あ、そーだ、保有スキルためしてみよ!《ねりねりねりねり》!」
うばほん!!
いつも使っている魚肉マッシャーとよく似た機械が現れた!!
ロボットアームがスライムを確保!
ベルトコンベアの上に乗せられて、加工しやすいサイズにカットされてゆく!
「程よい歯ごたえを残すために3センチのカッターを使おうかな、調味料は…水っぽいから濃いめに入れたいけど…うーんと、これが…?よくわかんないけどまあとりまやってみよ」
ねり、ねり、ねり、ねり…。
スライムは機械の中で滑らかな食材へと変化していく!
「試作品できた!透明なのにしっかりネギトロっぽくなってる、めっちゃうまそ―!!いただきまーす!!」
おいしいって言ってもらえるかな…スライムはドキドキしている!
「げえ!!まっず!!何このしょっぱいの!!使い慣れない機械はこれだから…ああ、調味料の表示が間違ってる!そりゃ不味くなるわ、廃棄してやりなおそ」
ちょ!!
水で洗うとか材料追加して味を薄めるとかすればいいのに…捨てちゃうの?!
食材を何だと思ってるんだ!!SDGsを知らんのかい!!
怒り心頭のスライムは根性で切り分けられた身体を合体させ、食品加工技術者をまる飲みした。
「う、うーん???なんか夢でも見ていたような??」
食品加工技術者は時間を巻き戻されて、コンビニの入り口前に立っていた。
コンビニの入り口で立ち止まる前に、ちょっとだけ時空がゆがんだのだが…、それに気づく様子はない。
食品加工技術者はコンビニでかば焼きちゃん太郎30枚入りを一袋と濃ゆいお茶を買って家路についた。
家の近くの交差点で、車の暴走事故が発生していた。
「もうちょっと早く通りかかってたら…あたしがネギトロになるところだったじゃん!!」
食品加工技術者は、毎日おいしい社食をたらふく食べて相当肥えはしたものの、年に一度の健康診断では常にオールA判定を貰い続け、たまに失敗しながらもまじめに仕事を続けて定年まで勤めあげたのち、社食を食べ続けたいがためにパートとして再就職をしましたが、寄る年波には勝てず70歳で退職してからめっきり食欲が落ちてしまい、78歳で旅立った時は体重が全盛期の三分の一になっていたとのことです。