追加料金をいただきますが宜しいですか?
竹島美奈は、ごく普通のお手伝いさんである。
毎日奥様のために花を花瓶に活け、毎日旦那様の脱いだ革靴を磨いてから帰宅する、齢53のお手伝いさんである。
今日も今日とて、明日賞味期限が切れる松阪牛のギフトをお土産に持たされたあと、行きつけのコンビニで爪磨きと消臭ビーズのボトルを買って家路についていた―――のだが。
キキキキキ!!キ――――イイイイイイイ!!!
ドガ――――――――――――ん!!
ぐわしゃぁああ!!
ぶちゅ。
真っ白な空間。
竹島美奈の魂と…、女神が対面している。
「竹島美奈さん、あなたは気の毒ですが人生を終えてしまいました。転生してもらいます」
「はあ」
「あなたにはチートをお一つ差し上げます。ステータスをご確認ください」
────────
竹島美奈(53)
レベル32
称号:転生者
保有スキル:追加料金をいただきますが宜しいですか?
HP:28
MP:11
────────
「というわけで、いきなり草原…天然なのにキレイに芝目が揃ってる、すごいなあ…誰が手入れしてるの?」
べよん、べよん。
水色の、ぶよぶよした丸い塊が…お手伝いさんの前に現れた!
「スライム…だよね、これ!奥様のゲームで見たことがある、武器で叩くやつ!でも…私戦えないよ?!」
うろたえる、お手伝いさん。
「あ、そうだ、保有スキルがあるって…えっと《追加料金をいただきますが宜しいですか?》なに、これ!!」
スライムの後ろから…ちびっこいのが出てきたぞ!!
ひい、ふう、みい…ずいぶん子だくさんのようだ!!
スライムは育児が大変なので、猫の手も借りたいぐらい忙しい模様!!
お願い、ちょっとでいいからタスケテー!
「よろしければお手伝いいたしますよ!」
うばほん!
スライムの自宅が出てきた!
リビングの壁には、今日やらなきゃいけないことがメモ書きされているぞ!!
「長男くんの塾への送迎、長女のピエノの演奏を聞いてあげる、次男くんの日向ぼっこ一時間、次女と一緒に魔物クッキーを作る、三女の沐浴に奥様のサロンの準備…旦那様のバーベキューパーティーの下ごしらえ…掃除洗濯芝刈りゴミ出し夜食作り…」
うばほん!
追加料金表が出てきたぞ!
送迎に伴う外出手数料150MARU(この世界の通貨はMARU)、不稼働拘束手数料80MARU、日焼け損害金200MARU、時間外調理手当て50MARU、危険手当300MARU装飾補助金800MARUイベント開催手当て超過手当て慰労金…。
けっこう割高だが、スライムは追加料金を払う気満々だ!!
「どこまで完遂できるかわかりませんが、精いっぱい尽力させていただきます!」
腕まくりをしたお手伝いさんがモップに手をのばしたその時、末っ子スライムが人懐っこく飛びついた!!
じゅばー!!!
「ぎゃああああああああああああああ!!!!」
幼くてもやっぱりスライム!!
猛毒の体表粘液が容赦なくお手伝いさんを溶かした!
8匹姉弟のスライムたちは、仲良くお手伝いさんを捕食した。
飼いケルベロスのうんこを拾っていて忙しかったスライムは食いっぱぐれてしまい、そこそこへこんだ模様。
「う、うーん???なんか夢でも見ていたような??」
お手伝いさんは時間を巻き戻されて、コンビニの入り口に立っていた。
コンビニの入り口のところで立ち止まる前に、ちょっとだけ時空がゆがんだのだが…、それに気づく様子はない。
お手伝いさんはコンビニで爪磨きと消臭ビーズのボトルを買って家路についた。
家の近くの交差点で、車の暴走事故が発生していた。
「怖いわねえ、もうちょっと早く通りかかってたら明日の奥様のお出かけに同伴できなくなるところだったかも…」
お手伝いさんは、雇い主である富豪と家族のような付き合いを続け公私ともにとても良くしてもらっていたのですが、ある時遠縁だという中年男性が自宅を訪問しもう来なくていいといきなり解雇通告されて、後ろ髪を引かれながらも潔く退職を決め実家に戻り、細々と親の世話をしながら暮らしていたある日、思いがけず新聞に奥様と旦那様が載っているのを見て心底驚くような事もありましたが、自分とは縁がなかった人たちの事だと距離を置く事に徹し、平凡な一般人として102歳まで生き、この世を去ったそうです。