デリケートなお年頃
河原晶子は、ごく普通の更年期真っただ中である。
毎日昼日替わりで襲い来る未病に抗い、毎日テンションを挙げて不調に気が付かないふりをする、齢51の更年期真っただ中である。
今日も今日とて、朝イチで当帰芍薬散をお湯に溶かして飲んだ後、行きつけのコンビニで朝食ヨーグルトとツナパスタサラダを買って家路についていた―――のだが。
キキー!!キュイ――――イイイイイイ!!!
ドガ――――――――――――ん!!
ぐわしゃぁああ!!
ぶちゅ。
真っ白な空間。
河原晶子の魂と…、女神が対面している。
「河原晶子さん、あなたは気の毒ですが人生を終えてしまいました。転生してもらいます」
「はあ?」
「あなたにはチートをお一つ差し上げます。ステータスをご確認ください」
────────
河原晶子(51)
レベル21
称号:転生者
保有スキル:デリケートなお年頃
HP:2
MP:11
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「というわけで…、いきなり草原…、広々してて気持ちいいなあ、もう!!」
べよん、べよん。
水色の、ぶよぶよした丸い塊が…更年期真っただ中の前に現れた!
「わあ! スライム…だよねえ?! 武器も何もないんだけど、ちょ…、逃げるにも腰が痛くて…!」
うろたえる、更年期真っただ中。
「え、えっと、えっとお! そだ、保有スキル…《デリケートなお年頃》って、なに、それ?! どういう意味?! 」
うばほん!!!
更年期真っただ中の前に、いつも座っているリクライニングソファが現れた!
そこにここ数年で10キロ増えた重たい体を沈めた、更年期真っただ中。
小脇のローテーブルには、温かい生姜湯と葛饅頭が置いてあるぞ!
スライムの前には…フレッシュ毒沼ソーダとマジェスタチュ(魔物の間で人気がある小悪魔のキザミチップ入り一口パンケーキ)が置かれた!!
小さなお茶会の始まりだ!
「はー、こんな広い空、久しぶりに見た…」
更年期真っただ中は、生姜湯を飲んでホッと一息ついた。
ほんの少しだけ、気分がよくなったようだ。
スライムは新鮮なソーダ水をごくりと飲んだ。
…これ、ウマー!
「 こっちは毎日体調不良に悩まされながら必死になって暮らしてるのに…ね。誰もわかってくれないって…諦めて荒んだ気持ちが…癒されるわあ…」
ふむふむ、それはなにより。
スライムは更年期真っただ中のボヤキを受け流しながらソーダ水を飲み干し、マジェスタチュに触手をのばした。
…これ、ウマー!
「…ちょっとした気圧の変化で頭や関節は痛くなるし、ゴミを拾おうと下を向けばめまいでふらついて、ぼーっとしてたらあっと言う間にやらなきゃいけないこと忘れちゃう…ホントデリケートな時期なんだよね、今って。はっきり言って、茶化さないでほしいんだけどね? こっちは……」
何もない広大な場所に解放されたからか、更年期真っただ中の怒り恨み不満その他もろもろがだだもれ始めた!
お茶もお茶菓子も食べ終えてしまったスライムは、おかわりが出てくるのを待ってい
「てゆっかさあ、今までごく普通に出来ていたことができなくなっちゃう辛さもわからないくせにバカにしてない? こっちは内科に耳鼻科に胃腸科に婦人科、皮膚科に歯医者に接骨院、眼科に脳神経科に整形外科、漢方医にカウンセリングに更年期外来その他もろもろ毎週どっかに行ってるのに全く回復しないんだよ? 調子が悪いって言ってんのに、旦那も息子も知らん顔で家中散らかしてゴミすら拾ってくれないし! こういう時にかぎって町内会の役員は回ってくるわ実家の墓じまいの話が出てきて時間を取られまくるわゴミ捨て場にカラスが集まって悪さするせいで自警団つくらなきゃいけなくなるわとなりのマンションの改装工事が始まってうるさいわ…ああもう!! だいたいみんなに労わりの心がないのよ、なんで調子が悪いって言ってる人に向かって自分も腰が痛いとか頭に毛が無くなったとかいうわけ? 誰もアンタの不調なんか心配してないわ!! そのうち治るよ?! 気休めの言葉を吐きながら汚れものを洗濯機に突っ込んでカラオケに行くとかおかしいでしょ!! 私も辛かったの?!誰も人の回復の歴史なんか興味ないわ! 自分の旦那はイイ人で良かったアピールウザいんですけど?!だんだん楽になるから無理しないで過ごすといいよ?! 無理しなきゃ家の中がゴミ溜めになるでしょうが! だんだん楽になる?! どんどん悪化してるのに?! 病院に通い過ぎてへそくりはなくなるし、旦那はもうちょっと待ってって言ってんのに無視して新車に買い替えるし、息子は彼女と旅行三昧で大して美味しくもない体に悪そうな土産物ばかり買ってきて体重増を加速させてくるし図々しい義母は大したことのない不調を気軽に大げさに訴えてきて病院に送迎させ
おかわり出てこなさそう…。
スライムは更年期真っただ中をまる飲みした。
体調不良を主張していたわりには普通の獲物と変わらない味だったので、スライムはボチボチ満足した。
「う、うーん???なんか夢でも見ていたような??」
更年期真っただ中は時間を巻き戻されて、コンビニの入り口前に立っていた。
コンビニの入り口で立ち止まる前に、ちょっとだけ時空がゆがんだのだが…、それに気づく様子はない。
更年期真っただ中は、コンビニで朝食ヨーグルトとツナパスタサラダを買って家路についた。
家の近くの交差点で、車の暴走事故が発生していた。
「うわ…もう少し早く通りかかってたら、生活習慣病外来の予約に間に合わなくなってたかも…」
更年期真っただ中は、ここ数年の不調が脂肪肝由来のものであることが判明してから真面目にダイエットに取り組んだものの成果がなかなか現れず、ちょっとしたことで切れ散らかしては家族に気をつかわせましたが、一人だけカンカンに怒っている状況に虚しさを感じた結果最終的にすべてを受け入れるという選択ができるようになり、一般常識を気にしない穏やかな生活を送ったのち足の踏み場もないゴミ屋敷の中で転倒して緊急搬送され、長期入院中に減量することに成功して退院後は精力的に活動するぞと意気込んで帰宅する途中でトラックとぶつかって異世界転生し、今現在ヤンデレ気質の王太子に目を付けられて逃げ回っている真っ最中だという事です。