殺し屋サイトのTOPは白い月を飼っている
「なんか、ネナシカズラみたいだね。」
若い生物の先生がネナシカズラについて話していた時、隣の席の子がふり向いて言った。
彼女は目と口を大きく開けて、「え?」
「そうやってわざとバカみたいにしてんの、ほんとウザい。」
「え、何?」
「……」
ここで彼女を見かけるのは二度目だった。もう夏になっていて、彼女は淡いピンク色のワンピースを着ている。
この洋食レストランで彼女と会ったのはまだ肌寒い早春の日。ベージュのタートルネックが首元を優しく包み、スカートの裾がふわりと舞う、細すぎるウエストと長い脚が目を引いた。テーブルから洗面所まで、頬に浮かべた微笑みは無垢な子鹿のようで、まるで手縄を掛けるだけで従順に懐くかのように見えた。
あの瞬間、標的を葬った後の『相続』を決意した。
実は、今の副業は西洋料理店のオーナーです。このレストランを買った後は、たまに店に顔を出して、新しい料理を試してみるくらいで、あとはほとんど手を出さないんだ。
本業って?組織的に管理された殺し屋業だ。
私たちの組織は非常に人間味のあるものです。クライアントは専用プラットフォームで依頼を発注→スタッフが暗号化サイトに案件を転記→エージェントがフリーランス形式で案件を選択。報酬額さえ適正なら、ほぼ全てのリクエストに対応可能です。
例えばこのレストランの買収費用だって、俺のコミッションに含まれてたんだ。。発注時に付いてきた査定報告書を見りゃ、手付金としてはまあまあだったかな。標的の観察中に婚約者を『相続』するってのはな、アメニティサービスの一環ってこった。
一
「お客様、こちらでお客様の会員情報を拝見しましたところ、本日がご誕生日とのことですね。少々お待ちいただければ、デザートと共に、ピアノによるバースデーソングの演奏をお届けいたします。他にご要望はございますか?」
ひろこは手で口を押さえながら肉を飲み込み、ウェイターに振り向いた。「あ、結構です。今年はもうケーキを用意していました、ピアノの生演奏も要りません」
「お客様、恐れ入りますが当店の規定で、誕生日のお客様にはケーキと演奏をご提供することになっておりまして…」ウェイターは前髪をかき上げながらカウンター方向を見た。「本日はオーナー様が視察にいらしておりますので、もしお断りされるとこちらが叱責を受ける恐れが…」
ひろこはウェイターの視線を追ってロビーに立つ男を見た。どこかで会った覚えがあるような、でもふと思い出せない。
男は視線を感じ取ったようで、ふと振り向いて彼女と目が合う。するとゆっくり歩み寄ってきた。
「あの……そちらに向かっている方ですか? それなら私から直接お話ししましょうか」
男はウェイターに耳打ちすると、「他のお客様の対応を」。ひろこの脳裏に突然、あの男との記憶が蘇る——忌まわしい情景と共に。手がぴくりと震えた。
ひろこがグラスを握りしめると、冷たい水の触感が神経を逆撫でるようにして、かえって意識を覚醒させた。
「ごきげんよう、お客様。何かご用でしょうか?」亀梨が挨拶すると、少し間を置いて続けた。「あの……どっかで会ったことありませんか?」
ひろこは答えず、とっさに愛想笑いを浮かべようとした。しかし脳裏に浮かんだのは、この男と初めて会った日の光景、笑顔を作ることさえできなかった。
亀梨は、前回あまり良くない出会いを思い出した。この近くのスポーツ公園で、ひろこがベンチに座って大声で泣いていた。服には血のような汚れがあり、白い皮靴ももう綺麗ではなく、まるで遠くから歩いてきたかのようだった。
その日受け取った仕事の最終報酬で買ったばかりの高級ハンカチとウェットティッシュを差し出した。ひろこの嗚咽があまりに痛々しく、渡さないことがまるで罪な気がしたからだ。
「あの…公園でお会いした時のおハンカチ、クリーニングから戻ってきたんです。その時連絡先を聞きそびれちゃって…」ひろこは髪を整えながら言った。「ご連絡先を教えていただければ、お返しできますのに」
亀梨はしばし考え込み、「誕生日プレゼントってことでいいよ。俺、使ってないから、気にしないでくれれば」と畳みかけるように答えた。
ひろこはまた呆然とした。返事に困っているように見えた。
グラスに口を付け、唇を湿らせてから言った。「でも…やっぱり悪いですよ。気になるなら新品をお返しします」
「じゃあ代わりに食事でもおごってよ。俺いつでも空いてるから」亀梨はスマホをひろこに差し出した。「これ連絡先」
亀梨がスマホを差し出す、ひろこは頭を下げてバッグの中からスマホを探す。
——かかったな。
(二)次の目標
ひろこが何を食べたいか尋ねたとき、亀梨はチェーン店の焼肉屋のリンクを送ってきた。彼は事前に条件を細かく設定する癖があり、騒がしく雑然とした環境で無口で繊細なひろこがさらに動揺する様を、掌握するのが好きだった。
店員に案内され席に向かう途中、ひろこは人混みを避けるように、無意識に亀梨の背後に身を縮めた。
席に着くと、ひろこはメニューを亀梨に渡すと、ウェイターが入れたウーロン茶を抱えたまま宙を見つめてぼんやりしていた。
「居心地悪いか? だったら店変えようか」亀梨がクスリと笑いかける。
ひろこはちらりと彼を見て、照れくさそうに手を振った。「いえ、大丈夫ですよ」
周囲はやや喧噪に包まれていたが、亀梨の着込んだラフなスウェット姿は、周囲と不自然に映ることもなく、まるで夜間授業を終えた大学生が彼女と夜食を摂りに来たような自然さがあった。
ひろこはナチュラルメイクに小花柄のワンピース、髪はアップスタイルにまとめ、細い首筋が露わになり、可憐で無害そうな雰囲気を漂わせていた。
「あの日…」亀梨が切り出した。
「あの日私は…」ひろこは言葉を継ぎながらも、唇を軽く噛んで沈黙した。吐露することが重い枷となりそうだった。
亀梨は湯呑みをひろこの手に添えながら、「大丈夫、言いづらいなら無理しなくていいから」と穏やかに言った。
ひろこは潤んだ目で彼を見上げ、かすかに頷いた。細い首筋が震えているのが見て取れた。
「今日はここでしっかりくつろげよ。お前こういう場所初めてだろ? いつもと違う雰囲気味わってもらおうと思ってな」
ひろこは「うん」と短く応えるだけだった。やがて注文した肉が運ばれてきて、すべて揃ったところでウェイターを呼び止め、生ビールのジョッキを2本追加した。
「私だって食べられないわけじゃないの。遠慮しなくていいから」ひろこはグラスに泡が立つのを見つめながら、含み笑いを浮かべた。
「そう言われるとこっちが照れくさいぜ。普段大人しいから騒がしい所苦手かと思ってさ、ちょっと変わった体験させてやろうと思ったんだけどな」
ひろこはジョッキのビールを一気に飲み干すと、終始笑みを浮かべていたが、潤んだ瞳の奥に何かが煌めいていた。
生ビールの酔いが回るのが早い。亀梨は少しふらつく感覚を覚えながらひろこを見た。向かい合ってにっこり笑う彼女を見て思う――馬鹿みたいだ、騙されてるのに笑ってやがる。俺が何したか知ったら、殺そうとするだろうに。
だがひろこの瞳には、どこか鋭いものが潜んでいる。小動物のような無垢さと、計算された狡さが同居していた。
会計を済ませた二人は、公園の風に当たりながら少し歩くことにした。時刻はすでに遅く、人通りの少ない裏道を選んだ。たまに近道するサラリーマンが通り過ぎ、寂しい街灯が点々と続いている。
ひろこは少し酔っているらしく、突然ハイヒールを脱ぎ捨てると、街灯の下の石段でくるくると回転してみせた。逆光の中から亀梨を見つめ返し、亀梨もまた彼女を見つめた。
ひろこの唇がもぞもぞと動く。聞こえたような、聞こえないような。気がつけば、いつの間にかひろこと唇を重ねていた。
頭が真っ白になりながら、亀梨は思い出した――ひろこが「喉、渇いちゃった」と呟いたことを。
ひろこは拒むどころか、亀梨の首筋に手を回して抱き寄せてきた。細い指先が汗ばんでいた。
石段の高さがちょうど良く、ひろこは亀梨の鎖骨の窪みに額を預けることができた。亀梨が俯くと、街灯に照らされた彼女の髪が淡い光輪に包まれているように見えた。
彼女はまるであの野良猫のようだ――彼がいなければ生きていけない猫。
ひろこは泣いていた。
ひろこの肩が小刻みに震え、涙が亀梨のシャツに滲んでいく。抱きしめた腕に感じるのは、見た目以上に軽い骨格。力を込めれば粉々に砕けてしまいそうな脆さ。
掌から胸中へと這い上がるのは、理由のわからない焦燥感。ひろこの身体から伝わる脆弱な体温が、亀梨の動脈を締め付けるように脈打っていた。
アルコール依存症の父親を誤って殺した時も、ボスの下で血で街を染めた時も、ひろこの恋人を消して放心状態の彼女を見た時さえ、このような後悔はなかった。なのに今、ほろ酔いの夜風に吹かれながら、初めて心臓が軋むのを感じていた。
(このままではひろこを殺してしまう)
だがもう遅い。全ては動き出していた。彼がひろこを死へと導く道を歩み始めたのは、ずっと以前のことなのだ。
(三)
ひろこはゆっくりと彼を押しのけ、「ごめんなさい」と呟いた。
街灯に照らされたベンチに腰を下ろすと、ひろこは公園であの惨めな出会いがあった日のことを語り始めた。
「彼は私の婚約者で、年末に結婚する予定だったの」ひろこは指を撫でる――そこには本来指輪があるはずだった。
「出張から帰る日、搭乗前に最後まで連絡取れてたのに…迎えに来てくれなかったの。同僚の夫が迎えに来てくれて、一緒に家まで送ってくれた。家に着きかけていた時、管理人さんから電話がかかってきて」
「私、パトカーと一緒に到着したんです」
ひろこは目の前の植え込みを見つめながら、時折遠くを通り過ぎる車のライトがチラチラと木々の間を照らすのを感じていた。
「管理人さんが通報したんです。30分前に大家さんに連絡してマンションの確認を頼んだって。ドアが少し開いていて、中に入ったら…彼の遺体があったって」ひろこは少し間を置き、不自然に手を組んだ。「でも実際は、彼から電話があったわけじゃなかったみたい」
ひろこはまた泣き出した。顔を覆いながら「犯人が電話した可能性もある…わからないの。警察は私に詳しく教えてくれなかった」
「家に駆け込んだら、玄関に彼の遺体が…血の海だった」ひろこの声は宙を漂うように、まるで他人事を語るようだった。「警察に引き離されて、その後事情聴取を受けた。同僚が署まで付き添ってくれたけど、終わったら帰らせたの。一人で帰ろうとして、公園であなたに会った」
「それで仕事も辞めた…というか、続けられなくなった。職場の人たち、何となく気まずそうだったから」
「あのレストラン、よく二人で通ってたのに。まさかあなたのお店だなんて」
「今日は…ありがとう。それと、ごめんなさい」
あのキスについて説明する者はいなかった。ひろこが謝罪した理由を、亀梨は理解できなかった。なぜ加害者の立場にある自分ではなく、被害者の彼女が謝る必要があるのか。
(四)
亀梨とひろこはこうしてデートを始めたが、亀梨はいつ関係が確定するのか分からなかった。ひろこは自分には時間が必要だと言った。
亀梨もまた、自分に時間が必要だと感じていた。
彼はひろこのことが好きなのか?確信が持てなかった。ただ、ひろこは誰かに守られることを必要としている。そして自分がちょうどそこに居合わせた以上、傍観などできなかったということだけは理解していた。
「安藤さんですか?」
映画を観終えて外に出ようとしたひろこと亀梨は、声をかけられて振り向いた。
ひろこはその警察官が当時の担当刑事・七海博己だと気づき、軽く会釈して挨拶した。
七海博己の視線がひろこと亀梨の間を行き来する。瞳の奥に鋭い光が走ったような目つきだった。
「少しお話を伺ってもよろしいでしょうか」七海がひろこに告げた。
ひろこは亀梨の方を見て「先に車を出しておいてくれる? 駐車場で待ち合わせましょう」と優しく言った。
ひろこと七海は映画館ロビーの隅のテーブルに着席した。ひろこが口を開くより早く、七海が切り出した。
「新しいお付き合いですか?」
「いいえ、つい最近知り合っただけの普通のお友達です」ひろこは躊躇い、逆に問いかけた。「事件の進展は?」
「現段階ではお答えできません」七海は含み笑いを浮かべながらひろこを見つめた。「先ほどの男性とはどこで?」
「それが何か重要なのですか?」
七海がひろこの表情を観察する中、ひろこは何かを思い出したように微妙に顔を歪めた。「レストランのオーナーさんです。先週私の誕生日に食事に行ったお店で」
そう言いながら、ひろこは無意識に太ももを二度撫でる仕草を見せた。指先がスカートの上を滑る音がかすかに響いた。
「誕生日だと? 事件当日も誕生日だと言っていましたね」
ひろこは軽くうなずきながら答えた。「そうなの。私の戸籍に記載されている誕生日と実際の日付が違うんです。その日、ケーキが汚れてしまって食べられなかったから、後で自分で祝い直したんです」
ケーキが汚れて食べられなかった。
七海博己は事件現場を思い出す。
ケーキ、花、そしてプレゼントは、ひろこを迎えに行くために用意されていたはずだった。しかし、押し合いと血が混ざり合い、最終的には床に叩きつけられ、ぐちゃぐちゃになった。
婚約者が殺されたあの日、彼女の脳裏にあったのは、血で汚れてしまった自分の誕生日ケーキのことだった。
「先ほどの男性とは本当に最近知り合っただけですか?」
「七海さん、これは取り調べですか?『少し話を』と言われた時は事件の進展かと思いました」
ひろこの声は涙で詰まり、瞼が赤く腫れていた。
「近況確認の意味も込めてです。それと、恋愛関係中に雲林院白月氏から暴力を受けた事実は?近隣住民から複数報告が寄せられています」
ひろこは両手で顔を覆い、かすれた声で嗚咽した。「彼…機嫌が悪い時や酔うとそうなることも…でも普段は本当に優しい人なんです」
「なぜ当初申告されなかった?」
「事件と関係ないと思って…はっちゃんは外ではトラブルも起こさない真面目な人だから…悪い印象を与えたくなくて」
七海は眉をひそめ、沈黙した。
「雲林院白月氏の車載ドライブレコーダーを押収した際、SDカードが交換されていました。クラウドストレージのパスワードをご存知ですか?」
「はっちゃんの携帯番号の下4桁です。車に何か問題が? 出張中に荷物を整理して鍵をしまい込み、空港へは会社の送迎車で向かいました。彼は普段その車を使わず、搭乗前にもスペアキーの在りかを聞かれ…その日すぐ警察に鍵を渡したんです」
「前回お伝えした連絡先は残っていますか? 私の番号を登録してください。状況次第で協力要請の可能性があります」
ひろこが了解を示し立ち上がると、七海博己は突然思い出したように問いかけた。「事件当日、今日の映画の相手とは会っていましたか?」
ひろこの顔色が急に曇り、口を開いたものの声は出なかった。軽く眉をひそめて言った。
「……覚えていません。先に失礼します。」
五)
七海博己は署に戻ると、映画館の防犯カメラで撮影された亀梨の正面写真を印刷し、従来の容疑者プロファイリングと照合させた。隊員に命じ、各所の監視映像から亀梨の顔が明確に映っている記録がないか再調査を開始させた。
事件発生直後、マンション管理人は速やかに過去3ヶ月分の監視記録と居住者名簿を提出していた。検視報告書に基づき、容疑者像に合致する居住者の絞り込みを実施したが、有効な手掛かりは得られなかった。
その後、事件前日に駐車場のカメラが捉えたニット帽&マスク姿の男を特定。周辺車両のドライブレコーダー映像から被害者車両への乗車を確認したが、顔全体を隠す巧妙な身なりで、映像から個人特定に至る決定的な証拠は得られていない。
車内行動を捉えた映像はなく、男は後部座席から黒い部品を外し、それを手にとっては歩きながら投げたりしていた。まるで他人の無人の車を無理やり開けたのが自分ではないかのようだ。
警察が雲林院白月の車を検査した際、ドライブレコーダーのSDカードが新品に交換されていた事実が判明。
ドライブレコーダーは技術部に送られ、この新発売の機種はクラウドストレージ機能が搭載されていると説明された。
ひろこを尾行中の刑事が防犯カメラ映像を分析。「最近ひろこさんが容疑者と同体格の男性と頻繁に会っている」との情報が七海博己に伝わり、映画館での接触に至った経緯があった。
初期捜査の資料によれば、亀梨と安藤に過去の接点は確認されていない。
事件当夜、公園で二人が短時間接触したことを証言できる目撃者は存在するが、安藤はこの事実を伏せていた。
七海は安藤が亀梨との接触を即座に明かさなかったことに驚きはない。
不可解なのは、彼女の育ちや教育、職歴を考えれば、金持ちの家に生まれたお嬢様は、一流の私立名門校に通い、情報ネットワークの優秀な学生として、卒業後すぐに大手企業に入社し、卒業後は大手企業に入社し2年足らずで管理職に昇進した人物が――そんな無邪気なはずはないということである。
これは常識や論理から外れている。
一見、不器用な反応を示している彼女だが、実際にはそれによって重要な情報を巧妙に回避している。
徹夜の勤務を終えた後、七海博己は電話の着信音ではっと目を覚ました。
「七海さん、こんにちは、ひろこです。今署にいらっしゃいますか?署の前でお話したいことが…」
七海は同僚に事件資料をまとめるよう指示し、自ら玄関へ向かった。
ひろこは紙カップに入ったコーヒーを二束抱えて警察署の玄関に立ち、「規則に沿ってるか分からないけど…ただのコーヒーです。みんな水分補給するでしょ?」
七海刑事とひろこが空いている会議室に入ると、七海は「何か話したいことがあると?」と問いかけた。
ひろこは深く息を吸い込んでから語り始めた。「実は事件当日、彼と会っていました。事情聴取を終えて帰宅する途中で」
七海は口を挟む様子もなく頷き、目撃証言と符合する点をメモに走り書きした。
「複雑な心境で同僚と帰れなかったんです。出張直後で疲れもあり、何より皆に気まずい思いをさせたくなかった。気分転換にスポーツ公園を歩いて帰ることにして…ベンチで少し休んでいた時に」
「私が泣いているのを見かねて、彼がハンカチを差し出してくれたんです」
ひろこは鞄からアイボリー色のハンカチを取り出した。「高級品だから返そうと思ったのですが、その場で何も言わず立ち去ってしまって…後日、よく行く洋食レストランで再会した時、店員に『オーナー様です』と紹介されました。でも以前は見掛けた記憶がなくて」
ひろこは言葉を切って七海の反応を窺ったが、刑事が沈黙を貫くのを見て再び話し続けた。
「あの日…刑事さんに聞かれて、怖くて覚えていないと言いました。出張前日、白月とあのレストランで食事をしていました。まさか最後の食事になるとは…」
「夕食後、帰宅途中で同僚から送迎場所の確認連絡があり、彼が送れないと怒っていました。17日に空港まで迎えに来る約束をしたんです」
七海がメモを取る手を止めた時、心の奥で「彼女は今泣き出しそうだ」という声が響いた。
「帰宅後、考えるほど不安が膨らみ…友人に相談して刑事さんに話すべきだと。でも一体何が起きているのか、なぜ私にこんなことが…私の何がいけなかったのでしょうか?」
ひろこは顔を覆って泣きじゃくった。
「まず落ち着いてください。女性職員を呼んでしばらく付き添わせましょう」七海は内線電話で部下を呼び、自らは会議室を後にした。
女性警官が会議室に入った時、ひろこは既に落ち着きを取り戻し、椅子にもたれかかっていた。
昼前の薄い陽射しがブラインドの隙間から差し込み、彼女の蒼白い顔に不思議と血色が戻っているように見えた。
「こんにちは、記録の続きをお手伝いいただけますか?」ひろこは無理に笑顔を作って来訪者に目を向けたものの、その視線は結局、漆黒のガラス壁にとどまった。
ワンウェイミラーの向こうで観察する七海博己刑事は、ひろこの虚ろな瞳を見た瞬間、背中に無数の蟻が這うような悪寒を覚えた。直視していなくて良かった――この目で真正面から見ていたら、どんな供述も冷静に判断できなくなっていたかもしれない。
長年の刑事人生で培った嗅覚が警告を発していた。全てが整い過ぎているのに、どこかが根本的に歪んでいる。
「隊長、安藤さん、お帰りになりました。本当にお疲れの様子でした」
七海は部下から調書を受け取りながら、検案ファイルで軽く頭を叩いた。「物事は表層だけ見て判断するな」
「観察と思考を怠るな。証拠もなしに判断するなってことだ」七海は署内の廊下を歩きながら、防犯カメラの赤い動作表示ランプが規則正しく点滅するのを見つめていた。
警察は安藤ひろこの供述を基にタイムラインを再構築し、七海はひろこの同僚や洋食レストランのスタッフへの聞き込みのため、担当者を手配した。
「洋食レストランのスタッフによれば、店主は1か月前にレストランを買い取ったばかりで、店主のみが交代し、他には何も変更がなかった。以前の店主は田舎のおじいさんのようで、あまり姿を見せず、問題が生じれば弁護士が対応していたそうです。13日には、安藤ひろこと雲林院白月も確かにレストランで食事をしていました。ただ、一つ問題があり、当時亀梨は従業員から雲林院白月の鍵を受け取り、自ら車を駐車しに行ったのです。」
「また、同僚は14日の朝から17日の事件当日までずっと安藤と一緒におり、コンピュータ交流会や食事にも共に参加していました。彼女たちが宿泊していた標準室では、安藤もホテルに着いて服を取りに行った時、車の鍵が彼女に持って行かれてしまっていることに気づいた。搭乗前の電話には同僚も同席しており、彼女は嘘をついていなかった。」
すべての手掛かりは亀梨を指し示し、安藤ひろこの疑いを明確に除外していた。
安藤ひろこも、確かに亀梨と元々知り合いであったという痕跡はなかったが、七海の胸には依然として違和感が残っていた。
「現時点で把握している状況から推測すると、13日、被害者と安藤ひろこは亀梨のレストランで食事をしており、亀梨が被害者の車の鍵を受け取り、車に盗聴器などの装置を取り付けた疑いがある。その結果、安藤ひろこの出張時間が把握された。そして16日、現場でその装置を取り外し、ドライブレコーダーのSDカードを持ち去った。
17日、被害者は殺害された。死亡時刻と管理人の証言によれば、その時、アパートの管理人に電話をかけたのは既に犯人であった。」
報告をする同僚は続けて言った。「現時点では、彼の犯行動機は被害者の婚約者に好意を抱いていたことにあると推測され、以前からストーキング行為を行っていた可能性が非常に高い、被害者の暴力行為により、彼が被害者に対し怨恨を抱いていた可能性が強く疑われます。目撃者への聞き込みや、三人の成長過程を比較した結果、既に知り合いだった可能性は除外された。」
七海博己は手元の資料を読み進めながら問いかけた。「なぜ、車に細工をするだけで済むのではなく、あんなにも激しい犯行手口を用いたのか?彼の行動は突発的なものとは思えず、僅か一ヶ月のうちにあっという間に計画通りに実行されたのは、あまりにも偶然が重なったようで不自然だ。」
「法医の報告によると、犯人の手口は非常に断固として熟練していると示されている。初期の調査では、彼と恨みを持つ人物の存在はすでに除外済みだ。今は技術部の同僚が車内監視映像の復元を進めているが、たとえ16日に彼が車内にいたとしても、17日の犯人が彼であると証明するには至らない。」
六)
車内監視映像を入手し、映像に映る亀梨の正面の顔を確認した瞬間から、七海博己の中には不安と違和感が芽生え、それは消えることなく続いていた。
亀梨の逮捕に向かう際、七海は部下に車内監視映像の内容を引き続き精査するよう指示し、安藤が車の鍵を持ち去ったという、やや無理がある事実について常に疑念を抱いていた。
その時、ビルの屋上に立って、安藤ひろこを拘束している亀梨に捜査令状を提示しようとした瞬間、激しい強風に煽られ、立っていることもままならず、考える余裕すらもなくなったため、彼の不安と違和感は頂点に達した。
「衝動してはいけない。これはあくまで定例の捜査だ。まずは彼女を放してくれ。」
ひろこは巣から落ちた雛鳥のように、亀梨にふわりと引き寄せられた。肩を抱かれた瞬間、亀梨は思った――彼女は本当にあの野良猫にそっくりだ。
「私を殺すの?それとも、一緒に飛び降りるの?」
亀梨はひろこの声を聞いた。その声は、屋上を吹き抜ける風が彼の耳を撫でるかのようだった。
「ひろこちゃん、怖がるな。俺は…説明がいる。人を殺したのは俺だ。お前に責任はない。奴を殺さねばならぬ事情があった」
「そうなの?私が何か悪いことをしたから、あなたたちと一緒に死ななきゃいけないなんて」
ひろこの言葉の曖昧さに亀梨は違和感を覚えつつも、彼女の震えを感じ取り反論しなかった。「怖がるな。お前一人では生きられまいと思ってな。俺が付いてる。平和な日常を壊した罪は…地獄に堕ちても償う。説明させてくれ」
「下がれ!人を殺したのは俺だ!背後に…」警官隊の動きに亀梨が叫ぶ刹那、ひろこの嗤う声が聞こえた気がした。
「でも私はあなたの飼い猫じゃない」
亀梨は信じられないという表情でひろこを見つめた。その小さくも精巧な顔には、冷笑が浮かんでいた。新宿のネオンが彼女の瞳を不気味に輝かせている、刑事たちの懐中電灯が鉄骨の影を蠢かせ。
Bあの野良猫
亀梨が最初に殺したのは実の父親だった。アルコール依存症の賭博好きで、三人の妻に暴力を振るって去らせた男。
母の記憶は、体中傷だらけで涙ぐみながら「もう子供を殴らないで」と土下座する姿と、離婚届を区役所に出した後、父に顔面へ唾を吐きかけられた時の虚ろな表情だけだ。
「面会に来たり連れ出そうものなら、コイツを殺す」
これがおそらく、亀梨の両親の最後の会話だったと、彼は考えている。片方向の暴力から取っ組み合いへ、そして父を誤って殺すまで、亀梨は二度と母の顔を見なかった。
少年院を出る日、保護司が迎えに来て蕎麦屋に連れて行ってくれた。その店の裏路地で出会ったのが、足を引きずった汚れた白猫だった。
亀梨は家を売り払い、スーツケースと猫を抱えて「もう二度と戻らない」と誓った。母の実家が東京だったため、新たな拠点も自然と東京に定まった。大井町の木賃アパートの一室で、猫は初めて喉を鳴らして彼の膝に乗ってきた。
最初は街中をふらつく日々だった。そのうちに兄貴が敵に討たれ、子分たちは散り散りになった。亀梨はブローカーを通した単独仕事で生計を立て始めた。
暇がある、猫を外に遊びに遊ばせる。子猫は決まって夕方には戻り、鳴きながらドアを引っ掻く。そんな時だけ亀梨は幸せを感じた――この猫は決して去らず、完全に依存し、永遠に側にいてくれる。
爪の音を聞きながら、父に殴られて家を追い出され、母の帰りを玄関先にしゃがみ込んで待っていた自分を思い出すこともあった。
母に会えるのか? 確信はない。きっと顔も覚えていないだろう。
猫の妊娠が分かった日、亀梨はスーパーでキャットフードを山ほど買い込み、新しい猫用品を揃えた。
一旦仕事を断ろうかと考えていた矢先、ブローカーから「すぐ終わる。オーナーが事故死に見せかけろと言ってる。トラック手配済み」と連絡が入る。
ブレーキ故障に気付いた瞬間、「クソ!」と叫び、次の瞬間には意識を失っていた。
偽造IDを使っていたため、オーナー側は運転手も死亡扱いに。亀梨は地方の闇病院に3ヶ月間昏睡状態で放置された。
結果として、亀梨は一命を取り留めたが、彼の猫は命を落としてしまった。
退院して自宅のドアを開けると、腐臭が鼻を刺した。キャットフードは空になり、子猫が缶を開けられず、生まれた仔猫は一匹だけ残っていた。
「まだ家族がいる…」亀梨は自分に言い聞かせた。
ペット病院の待合椅子に虚ろに座る亀梨。仔猫は衰弱して入院治療が必要となり、毎日リハビリを終えるとここへ通っていた。ケージを覗くことは稀で、ほとんどは窓際のベンチで時計の針が動くのを眺めていた。
リハビリ担当医は元兄貴の知り合いで、ある日彼に教えた。「今どきの殺し屋仲介の闇サイトだ。互いに条件を出し合い、オープンに契約できる」
亀梨は疑心暗鬼でサイトにアクセスし、登録時に入力した条件は「猫の世話」――任務失敗時・連絡不能時・死亡時、いずれの場合も猫を引き取ってほしいと。
この猫は俺なしでは死んでしまう。
しかしひろこがなぜ知っていたのか。
亀梨の脳裏は真っ白になった。過去を遡る――あの日、車に盗聴器を仕掛けた時、鍵を持ってロビーに戻る自分を見られていたのが最初の出会いだと思っていた。なぜあの任務が順調すぎたのか? 盗聴器の申請を終えた翌日、標的は洋食レストランで食事をしており、ひろこはその翌日すぐに出張の予定だった。
サイトに登録するとき、管理者に許可した情報だけで、どうしてひろこが知ることができたのか。
なぜひろこが殺し屋サイトの運営者なのか。
「飛び降りても死なないかもね。もし障害を負ったら、一生ベッドで過ごすことになるだよ。いい子にして。猫の世話は、利用規約に沿ってしっかりとするから」と、ひろこはその軽やかで魅惑的な声で語り続けた。
亀梨はひろこの腕を放し、彼女を少し前に押し出した。警察が突入する前に、自分の首の動脈を切り裂き、噴き出す血液がひろこの顔にかかり、彼女は反射的に身を縮めた。
その光景を見た亀梨は、もはや何も考えられなくなっていたが、それでも一瞬だけ、苦々しい笑みを浮かべた。
A
「でも私はあなたの飼い猫じゃないわ」
この言葉を発した瞬間、彼の表情がどうなるかを心待ちにしていた。案の定、元々興奮してやや狂気じみた彼の顔は、次第に茫然とした表情に変わり、完璧だと思っていた認識に亀裂が走った。
白月が血の海に横たわるのを見た時よりも、この瞬間の方が胸が熱くなった。彼が白月を殺す過程を目撃できなかったのは、多少の残念さを覚えた。すぐに亀梨が私の眼前で死ぬ姿を見られると思うと期待が膨らむ。きっと私を失望させたりしないわ。
実を言うと、私のサイトに登録している殺し屋は数えるほど。でも殺害依頼は山ほど舞い込むの。誰しも消したい相手がいるんでしょう?それは当然のことだ。この世の中、死ぬべき人間が多すぎるんだもの。
しかし、私ははっちゃんを死なせたいわけじゃなかった。
ただ彼があまりに疲れ切っていたからだ。会うたびに扱いにくい上司や無能な同僚の愚痴を延々とこぼし、女性社員が産休を取れることを羨ましがる、私も医者ではなく、彼の困難を打破する方法は見つからなかったので、仕方なく自分の専門知識を活かして、彼がしっかり休めるようにと、殺し屋を選別するサイトを構築した。
近所からの暴力騒ぎの通報だって?彼が酔っぱらって大声を出し、物を投げ散らしただけで。はっちゃんが誰かに手を出すことはなかった。……ま、刑事さんにいちいちはっちゃんの人柄を説明する義理もないでしょう、これは私たち二人だけのことです。
本当に、私ははっちゃんのことが大好きだ。
以前登録した殺し屋も問題児ばかり。私のサイトをゴミ処理場と勘違いしたのか、仕事が雑でクライアントに迷惑ばかりかける。賠償請求してくる依頼主もいた。「ここまで大きくなると思わなかった」と主張したが、私は全て却下したわ。人命より大切なものがあるはずがない。少なくとも、私のサイトにはそんなものは存在しない。
亀梨は例外だった。サイト登録時の情報を見た瞬間、彼を私の依頼に引き受けさせると決めた。案の定初期の仕事は完璧、だからサイト史上最高額の報酬を彼専用に設定した。一流の殺し屋がこの依頼を断るはずがない。
やはり亀梨は期待を裏切らなかった。彼はすぐに要求通り洋食レストランを買い取った。なぜそんな指示が出たか、彼の頭では理解できまい。注文とは特に深い関係はなかったのだ。
特に深い意味はない、ただ彼が従うかどうかを確かめることだけだった。この馬鹿が本当に従ってくるとは…いや、馬鹿じゃない。まあ、金で解決するのが最速の方法だし、彼が本当に洋食レストランでアルバイトするよりはましだろう。
私にとっても負担はなかった。この洋食レストランは他人名義で開業したもので、ずっと手放そうと思っていたのだが、なかなか動かなかった。すぐに亀梨がサイトで盗聴器を申請したので、出張前日にわざと店に足を運んだ。食後、車に乗ると、果たして盗聴器が検出された。まったく、いい子だ。
ここまでは満足していた。
しかし、現場で彼が私の誕生日ケーキを白月のそばに投げつけたとき、全てが台無しになった。
汚らわしい、役立たずのものだ。
あれは私の誕生日ケーキなのだ。
警察も手掛かりを掴めていない様子。車の鍵はきちんと渡したというのに。戸籍上の誕生日が近付き、そろそろ善行を積んでおこうかと思案中だ。
あの日、警察が駆け付けた時は本当にワクワクした。もう亀梨の毎日の見せかけにはうんざりで、空っぽの脳が先に黙る術を学んでほしかった。
確実に罪を自供させて死なせるため、ここ数日は彼とべったり。私は、「ここ数日はちょっと体調が悪い」と言って、彼に猫を先にペットホテルに預けさせた。
亀梨が私を屋上に引きずり上げ、『お前は俺なしでは生きられない』『一緒に死ぬ』などと戯言を並べる。警察の目がなければ爆笑していたところよ。
なぜ金を貯めて学校に行ったり、心療内科へ通わないのか?殺し屋のメンタルヘルスを気遣う者はいないのかしら?
このビルは17階建て。下は繁華街の商店街、落下時に人に当たれば大惨事。だから亀梨に忠告したの。「この高さじゃ死にきれないわ。正気を失う前に、ここでさっさと自殺しなさい」と。
亀梨は本当にお利口さんだ。実は、短剣が動脈を突き破り、血が飛び散った時の音はこの音だった。はっちゃんの最期を目撃できなかったのが唯一の心残りね。
「彼に何を話した?」救急車のサイレンが遠ざかる中、七海刑事が問いかけてきた。
私はまだ少し苛立っていた。なんで医療資源を無駄にするのか、彼を助ける必要なんてあるのか。
表面は平静を装い丁寧に答えた。「『私の何が悪かったの?どうして私をこんな目に遭わせるの?』それと、もう私を放っておいてほしいって。私が彼の猫をちゃんと世話すると約束して…」
七海刑事は私の言葉をあまり信用していないようだった。それはずっと感じていた。でも、私は一度も嘘なんてついたことがない。本当に理解できない。
「彼…死ぬでしょうか?」何度も鏡の前で練習した無垢な表情を作り、頬を伝う涙を指先で拭った。
刑事は私の演技を嫌うように眉をひそめ、「貴女は彼の死を望んでいるのか」と逆質問してきた。
「そんなことありません」
七海刑事に警察署に連行された時、私は彼が屋上で電話を受けていたことを思い出した。ついに来たか、と。
警察が亀梨の自宅から押収したパソコンと予備のスマホには、案の定この馬鹿は電子機器にパスワードすら設定していなかった。私はデータの回収なんて考えていなかった。、既にサイトを閉鎖していたから。サーバーは海外に設置していたし。
神様ではないのだから完璧を求めるのは無理というもの。もし誰かが私のパソコンを操作してアクセス履歴が残ったとしても、それは仕方のないことだ。私が物事を進める時の信条は、「人事を尽くして天命を待つ」だ。
自白後、七海刑事は二度と姿を見せなかった。刑務所へ移送される日、彼の部下、あの愛らしい女性警官が同行した。最後に会ったのは屋上で、彼女が私に上着をかけてくれた時だった。
七海博己が私を疑い始めたのは、事件当日、私が車の鍵を警察に渡した時からだったという。つくづく恐ろしい人だ。
おそらく同僚から「スーツケースから鍵を取り出した」と聞きつけ、車内モニターの解析結果と照合したのだろう。自宅で荷造りした後、車のトランクにスーツケースを置き、翌朝直接そこからスーツケースを取ったことを突き止めた。まり、最初から意図的に鍵を持ち去ったということがバレたわけだ。
私は嘘などついていない。ただ表現を曖昧にしただけ。
不運に私のパソコンも誰かに操作されていた。サイトを開いた時、ブロッカーを使わなかったせいで、亀梨が残したURLから警察はすぐに私の端末を特定した。
「亀梨は…まだ生きているの?七海刑事は前に『一命を取り留めた』って言ってたけど、どうも信じられなくて。」本当は少し期待していた。亀梨の猫はどうなるんだろう、と。契約違反になるわ。
「搬送中に息を引き取りました」
「…そう」
「救急隊到着前から意識不明だったようです。、何も言葉を残していません」
別に興味のない話だ。この子は何が言いたいんだろう?まさか、私が亀梨の死を見届けたとでも言いたいのか?
「猫…亀梨が飼ってた猫、今ペットホテルに預けられてるけど…」言葉に詰まった。警察に引き取ってほしいとでも言うのか? 亀梨が『ママ』と名付けたあの猫を。
「七海さんが引き取って、今は署で飼ってるわ」
「…そう」
あの刑事がそんな情のある人だとは思わなかった。てっきり冷血漢だとばかり。最後に私に向かって「お嬢様のごっこ遊びは終わりだ」なんて言ってきた、クソジジイ、キモ。
私は顔をそらし、窓の外を流れる景色を眺めた。最近、食欲がないせいか、囚人服がぶかぶかだ。護送車の揺れで手錠が擦れて、手首の皮がめくれていた。もし白月が見たら、また「痩せたな」って小言を言うんだろう。手錠に袖を詰めてくれるかもしれない。
彼は何を思っていたんだろう?私のサイトを見た時、私が殺し屋を雇って彼を殺そうとしていたと知った時。
これから生きている限り、私はずっと考え続けるんだろう。あのバカは、何を考えていたのか。
私はまだ、あのケーキを食べていないのに。
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