サジタリウス未来商会と「最後の客」
村瀬という男がいた。
年齢は50代。かつては一流企業の経営者として名を馳せたが、今では事業の失敗からすべてを失い、細々と暮らしていた。
「もう一度やり直したい。あの頃の栄光を取り戻せたら……」
口では諦めたようなことを言いつつ、心の奥底ではそんな未練を抱えたままの日々を送っていた。
ある夜、帰り道にふと気づくと、路地の奥に奇妙な屋台があった。
薄暗い路地の一角に明かりを灯す古びた屋台。
手書きの看板にはこう書かれている。
「サジタリウス未来商会」
興味を引かれた村瀬は、吸い寄せられるように屋台へ近づいた。
屋台の奥には、白髪交じりの髪と長い顎ひげをたくわえた痩せた初老の男が座っていた。
その男は村瀬をじっと見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「おや、いらっしゃいませ。今日はどんな未来をお求めですか?」
「未来?どういうことだ?」
「私はドクトル・サジタリウス。この店では、あなたが望む未来を手に入れるための商品をご提供しています」
男は微笑みながら、小さな装置を取り出した。
それは、手のひらに収まる小型のスクリーンだった。
画面には「過去」「現在」「未来」と三つの選択肢が表示されている。
「これは何だ?」
「これは『人生の編集機』です。この装置を使えば、あなたの過去、現在、未来を自在に編集し、思い通りの人生を作り上げることができます」
村瀬は目を見開いた。
「過去を変えられるだと?」
「もちろん。過去に戻って選択をやり直すことも、未来を先取りして成功を手に入れることも可能です。ただし、編集にはいくつかの制約がありますがね」
「制約?」
「編集の回数には限りがあり、選んだ内容は元には戻せません。それだけの覚悟が必要です」
村瀬は少し考えたが、迷うことはなかった。
「もう一度チャンスがあるなら、やるしかないだろう」
村瀬は装置を手に取り、「過去」のボタンを押した。
瞬間、画面には彼の人生が映画のように流れ始めた。
大学時代の決断、会社を立ち上げた頃の情熱、そして事業が傾き始めた時期が映し出される。
「ここだ。あの時に無謀な事業拡大を決めなければ……」
村瀬は迷うことなく、その場面を選択し、編集した。
すると、周囲の風景がゆらぎ、彼は若き日の自分に戻っていた。
目の前には、まだ活気に満ちたオフィスが広がっている。
「これだ……これが俺の黄金期だった」
村瀬は慎重に事業を進め、無謀な拡大を避けることで会社を安定成長させた。
数年後、彼の会社は国内トップクラスの企業に成長し、村瀬は再びその頂点に立つことができた。
「これで完璧だ!」
だが、村瀬はさらなる欲望を抱き始めた。
「未来も見ておこうか」
装置の「未来」のボタンを押すと、村瀬の成功した人生が流れるように表示された。
だが、そこには思いがけない未来が映し出されていた。
老いた村瀬が、一人ぼっちで広い邸宅に座っている姿だった。
周囲には誰もおらず、栄光に満ちた人生の先に待っているのは孤独だけだった。
「なんだこれは?」
サジタリウスは静かに言った。
「あなたが選んだ過去と現在の結果が、こうした未来を作り出したのです」
「ふざけるな!こんな未来、俺は望んでいない!」
「ですが、あなたが自分で作り出したものです。編集はあくまであなたの選択次第です」
村瀬は苛立ちながら、装置を再び操作した。
「それなら、未来も編集してやる!」
彼は孤独な未来を消し、愛する家族と穏やかに過ごす老後を選択した。
だが、画面が白く輝き、文字が浮かび上がった。
「編集エラー:選択の辻褄が合いません」
「どういうことだ?」
「あなたの過去と現在が作り出した未来は、簡単には変えられません。編集には限界があるのです」
怒りに震えた村瀬はサジタリウスに詰め寄った。
「何が未来を作る装置だ!嘘つきめ!」
サジタリウスは一瞬だけ冷や汗を浮かべたが、すぐに冷静さを取り戻した。
「未来を編集するには、過去のすべてを否定する覚悟が必要です。それができなければ、運命の帳尻は合わせられません」
「もういい!こんな装置、いらない!」
村瀬は装置を放り出し、屋台を飛び出していった。
だが、屋台を離れてふと気づくと、周囲の景色が奇妙に歪んでいた。
街並みも人々の姿も見慣れたものではなく、すべてがどこか曖昧で不確かだった。
「なんだここは……?」
彼が戻ったはずの人生は、どれも編集を繰り返した結果、バラバラになり、現実味を失っていたのだ。
その瞬間、村瀬は理解した。
「あの装置は、俺の人生を混乱させるためのものだったのか……」
その頃、屋台の中では、サジタリウスが深い息をつきながらつぶやいた。
「編集を繰り返しすぎた人間の末路……彼がどこに行き着くかは、もう私にも分からない」
サジタリウスは冷や汗をぬぐい、静かに屋台を片付け始めた。
【完】