交換日記から始まる僕とわたし
息抜きに書きました。
交換日記から始まる僕とわたし
放課後、同級生の男の子から手渡された、このノートから、わたしたちの関係は始まりました。
その日その時まで、わたしはその男の子のことをよく知りませんでした。
異性に興味がないと言えば、ちょっぴり嘘になるけれど。その男の子とは接点もなかったものだから、同じ教室になってこのかた話す機会さえなかったのです。
おまけにわたしはこんな地味な見た目をしています。なので同年代の男の子から関心を向けられることはないと、そのように思っていたのですが……。
まさか手渡されたノートが交換日記だったなんて。
帰宅後、自室でノートを開いてそれはもう驚きました。まさに青天の霹靂とはこのことでしょう。
開いたノートの一ページ目には、随分と読む相手を気遣って書いたのであろう、それはそれは優しい文章が待っていました。
『突然ノートを渡されて驚いたと思います。
ごめんなさい。
僕がノートを手渡したのは、君と友達になりたかったからです。
不思議に思うかもしれません。
ひと言「友達になってください」と言えばいい話ですから。でもたったひと言。そのたったひと言が僕には遠かった。
面と向かって口にするのは気恥ずかしいし、実際に話しかけようとすると緊張して言葉が出てきませんでした。
事ここに至って知恵の浅い僕には、交換日記という手段しか思いつきませんでした。
「僕と友達になってくれますか?」
もし興がのらないようであれば後日、何も書かずに渡してください。
このことはお互いに忘れましょう。
だけど、もしも友達になってもいいと思ってくれたなら。ほんの少しだけ、そんな期待をして待っています』
こんなことは初めてで、わたしは最初どうすればいいのか分かりませんでした。
返事を書くにしても、いったい何を書けばいいのだろう。
ノートを手渡してきた男の子は『興がのらなければ何も書かずに返していい』と書いてくれているけれど、それは何故だか気が引けます。
でもやっぱり何を書けばいいのか分かりません。
堂々巡りの思考は、わたしひとりの心では抱えきれないくらいに大きくなっていきました。
こんな時、相談できる相手は決まっています。
それは他ならぬわたしの母です。
わたしは夕食が終わり、食器の片付けが終わった頃合いを見計らって、母にノートのことを話しました。全てを話すまでに然程の時間もかかりませんでした。
母はにこにこと聞いていましたが、わたしが話し終えると穏やかな口調で言います。
「それで、何を書いてあげるの?」
「それが分からないの。相手のこともよく分からないし」
「それはノートを渡してきた男の子も同じだったんじゃない?」
それは確かにそうです。
わたしは母に言われて、あることに気が付きました。
それはあの男の子が大変な勇気を振り絞って、ノートを渡してくれたということです。
ノートの文面にもありましたが、彼は声をかけることも躊躇っているようでした。そんな彼が、いったいどんな気持ちでわたしにノートを渡したのでしょうか。
「お母さんは、その男の子のことをよく知らないけれど、きっと優しくて思いやりもあって気遣いもできる、そんなすごくいい子だと思うな」
「その、どうしてそう思うの?」
「だって、その男の子が面と向かって『友達になってください!』なんて言ったら、恥ずかしがり屋のあなたは逃げてしまうもの」
文字に乗せて刻まれた想いが、母の言葉と共に腑に落ちていきます。
もし教室で、同級生の面前で、声を大にしてそんなことを言われたら、わたしは間違いなくその男の子のことを恨むでしょう。
そして目に涙を溜めて教室を飛び出すと思います。
そうしなかったのか。それとも書いてある通り出来なかったのか。
どちらかは分かりません。
しかし少なくとも彼は、自分で自分を卑下するほど浅慮ではないようです。
なんとなく自分を下げてしまう物言いにはわたし自身も覚えがあります。だからなのか、わたしはあの男の子に対して、急に親近感を抱き始めていました。
「何を書こうか、考えているのね」
「え、あ、うん……」
「うん。大丈夫。きっと仲良くなれるから」
「ありがと」
言葉短く感謝を伝えて自室へと戻ったわたしは早速、机の上にノートを広げました。
筆箱からペンを取って向き合うと、先ほどまでは浮かんでこなかった言葉がつらつらと頭の中を行き来します。
どんなことを書けばいいのか。それはまだ分かりません。
でもひとつだけ、これだけは書きたいというものは決まっています。
それは……。
『わたしと友達になりたいと言ってくれてありがとう』
男の子の友達ってどういう感じだろう。
この交換日記から始まるわたしたちの関係が、今後どうなっていくのか想像しながら、夜は静かに更けていきます。