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昼下がり

 することもなく暇なので、妄想でもして時間を潰そうと思います。


 ある深い深い森の奥に、一匹のリスがいました。ユーモアたっぷりでムードメーカーな彼は、いつだって森の仲間たちの中心です。彼の冗談で木々や鳥たちは笑い、彼が歌えば花や虫たちは踊ります。みんなから愛されるリスでしたが、そんな彼にも暗い過去があるのです。

 以前、彼には親友と呼べる友達がいました。タラバガニです。彼らは産まれたときからの仲で、どこに行くにも、何をするのもずぅっと一緒でした。リスが巣立ちしても、タラバが何度脱皮を繰り返しても、彼らの関係は変わりません。森の中央の巨木にお互いの名前を彫り、絆を誓い合うほどの仲良しでした。その頃はずっとこの日常が続いていくものだと、二人は疑わなかったのです。

 そんな彼らに不幸が訪れました。なんとタラバが病気になってしまったのです。それは、体の末端から次第にカニクリームコロッケになってしまうという、カニたちから最も恐れられている不治の病でした。

 発症から数日で全ての足先がサクサクの衣に覆われてしまいます。不用意に負荷を与えるとサクッといってしまい、中のクリームが飛び出してしまうため、タラバは歩くことができなくなりました。リスはタラバの家に通うようになり、ご飯を用意したり森の様子を話したりしました。ずっと家から出ることのできないタラバにとって、リスの話は心の底からの楽しみとなりました。

 タラバの病気発症から数ヶ月後、顔を残した全てがカニコロに変わってしまいました。もはや身動き一つとることもできません。あと一週間もすれば、タラバは完全に衣に覆われてしまうでしょう。彼と会うときのリスはいつだって明るく振る舞いますが、家では毎日枕を濡らす夜を過ごしていました。避けられないことですが、それでも受け入れがたい未来なのです。一方、次第に衣に侵されつつ、タラバは心を決めていました。

 ある日、いつものように見舞いにきたリスにタラバは告げます。もし俺の全てがカニクリームコロッケになったら、どうか俺のことを食べてほしい。俺たちはこれまでずっと一緒だったし、これからもずっと一緒にありたい。どうか俺を食べて、俺をお前の血肉にしてほしいんだ。そうすれば、俺たちはこれから先もずっと一緒にいられる、と。それを聞いたリスは大粒の涙を流し、嗚咽交じりに頷きました。タラバもまた目を潤ませ、サクサクの衣を湿らせていました。

 翌日、リスがタラバの家を訪れると、そこには完全に衣に覆われたタラバがいました。リスは呼びかけとともにタラバの肩に触れました。返事はありません。手を離すと、はらはらと衣の端が舞い落ちました。

 リスは泣きました。泣いて泣いて泣いて、泣き腫らした目を擦り、そして友の言葉を思い出します。

『どうか俺を食べて、俺をお前の血肉にしてほしい』

 リスはカニコロとなった親友を食べ始めました。外はサクサク、中はトロトロ、頬張った瞬間にカニのほのかな風味が鼻孔を抜けていきます。リスは一心不乱に食べ進めます。その目には友の願いを遂げようという固い意志が宿っていました。

 メガ盛り定食も顔負けの量ですが、親友を思うリスの心は決して負けません。長い長い闘いの末、とうとうカニコロを完食しました。しかしどうでしょう、リスの様子がおかしいです。パンパンに膨らんだお腹を抑えつつ、何度もえづいています。そしてなんと、リスは食べたばかりのカニコロをげろげろと全て吐き出してしまいました。リスは草食、揚げ物のカニコロなど食べられたものではなかったのです。

 リスは再び涙を流しました。その涙は友との約束を違えてしまったことへの不甲斐なさ故でしょう。しかし今更どうしようもありません。前言撤回が難しいように、一度吐き出したものをもう一度飲み込むのは相当勇気の要ることなのですから。

 そのとき、不思議なことが起こりました。リスの流した涙がカニコロのげろげろに触れ、そこから小さな芽がひょっこりと現れたのです。それは瞬く間に成長し、タラバの家の天井をぶち破り、立派な大木となりました。その木は左右に四本ずつ太い枝を伸ばしており、木の葉で肉付けされたそのシルエットは、まるで亡き友を象ったようでした。きっとこの大木はタラバの生まれ変わりであり、リスとタラバ、二人の思いが奇跡を起こしたに違いありません。

 リスは大木を駆け上り、枝の一つに巣を作りました。常に一緒にはいられませんが、タラバは常にリスの心にあり、そして帰る場所となったのです。朝外を出るときは大木を見上げて『いってきます』と言い、夜帰れば『ただいま』とともにその日にあった出来事を幹に向かって話すのです。大木となったタラバも喜んでいるのか、枝葉をざわざわと揺らしながら、リスの話に耳を傾けていました。

 それから数日後の夜中のことです。リスがすやすやと寝息を立てていると、頭上から何かドロリとしたものが顔に降りかかってきました。リスは飛び跳ねて顔をペタペタ触ると、手に着いたのは嗅ぎ覚えのあるクリーム状のものでした。二、三度においを確かめ、少し舌で舐めとってみて彼は確信しました。これはカニクリームです! 上を見上げると木の実のようなものが成っており、鳥にでも突かれたのか皮が破れています。そこから垂れてきたのでしょう。

 丁度月明かりが射し込みます。照らし出された大木を見渡せば、同様にいくつもの実が成っているのが見えました。それもただの木の実ではありません。茶色でサクサクの衣に包まれたカニコロだったのです。タラバが姿を変えて生まれたこの大木は、なんとカニコロの成る木なのでした。

 その時、森に轟音が響き渡りました。鳥たちは木々から飛び立ち、森の動物たちは反対方向へ無我夢中で逃げていきます。ですがリスは躊躇います。タラバを残して逃げるなんてできないのです。激しい音とともに木々が倒される様子が見えます。その音はどんどん近づいてゆき、やがて彼らの前に姿を現します。月明かりが照らし出すそこにいたのは、重機を操縦するわたしでした! わたしはカニコロの成る木を見つけると、後ろに控えた部下たちに指示を出します。部下たちは迅速に動き、カニコロの木を傷つけないよう根本からごっそりと引き抜き、大型トラックに載せました。親友が連れていかれる状況に慌てながら、リスがわたしの下へ駆けつけます。

「待ってくれ人間! これは俺の親友なんだ! どうか連れて行かないでくれ!」

 ですがわたしは機械を操縦する手を止めません。リスの方をちらりとも見ずにわたしは答えます。

「カニコロの成る木なんてこの世に二つとありません。こんなビジネスチャンスを目の前にして、みすみす逃すはずがないでしょう」

 そしてわたしはリスを指先で弾き飛ばし、カニコロのなる木を連れて戻りました。

 それからはウハウハな生活の幕開けです。都市の中心部の土地を買い占め、その中央にカニコロの木を植え、世界にただ一つの珍樹として売り出すことで観光ビジネスを開始したのです。勿論それだけではありません。木から成ったというだけでなく味も良いカニコロは、プレミア価格にも関わらず世界中で飛ぶように売れ、カニコロブームを巻き起こすとともにわたしは一気にブルジョワ階級まで上り詰めたのです。世界的にも類を見ない成功を収めたわたしはメディアからも引っ張りだこになり、大物芸能人主催のパーティーには必ず呼ばれ、二百階建ての超高層タワマンの最上階に住み、高級車を日々取っ替え引っ替え乗り回し、身に着けるものは全て超一流ブランド物だけ、各国の王子たちからの求愛は止むことを知らず、世界中の老若男女から羨望の眼差しを向けられる存在となったのです。

 わたしは今日も世のブルジョアたちの集うパーティーに向かいます。わたしが居ないと始まらないのですから、人気者とはいやはや大変なものです。部下の手配したリムジンで会場まで赴き、ドアを開けたドライバー君にチップ代わりの投げキッスをし、レッドカーペットの敷かれた階段を上っていきます。黒いスーツに身を包んだドアマンが重厚な扉を開くと、そこには一面煌びやかな世界が――


「ちょっとあんた、昼間っからそんなごろごろして。もう宿題はやったの?」

 ……いいところだったのに、お母さんの邪魔が入りました。あくびを噛み殺しつつ、ベッドに寝転がったまま伸びをします。そしてむくりと体を起こすと、もう一度あくびが出ました。

「いいじゃん、まだ夏休み一ヶ月もあるんだし」

「そう言って、去年みたいに最後の一週間まで溜め込むのがオチなんだから」

「夕飯のおかずカニコロならやる~」

「全く、バカ言ってないでさっさとやる!」

 お母さんは扉を閉めて下へ降りていきました。わたしはもう一度あくびをして、再びベッドに横になりました。

 この日の夕飯はカニコロでした。とても美味しかったです。

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